特集 2002.2/vol.4-No.11

パラダイムの変化を読む

 昨年の9月11日に米同時テロ事件が起きたことで、「21世紀の世界はこうなっていく」というイメージ、未来への確信が揺らぎ、 多くの人が思い描いていたストーリーが通用しなくなった。世界経済のパラダイムも変わったと言われている。それはどう変わったのか。そして、何を考え直さなければいけないのか。三井物産戦略研究所所長の寺島実郎氏に聞いた。

寺島実郎氏
1947年北海道に生まれる。73年早稲田大学大学院政治学研究科卒、同年三井物産株式会社に入社。米国三井物産ニューヨーク本店業務部情報・企画担当課長、米国三井物産ワシントン事務所長などを経て、97年三井物産業務部総合情報室長、99年から三井物産戦略研究所所長。近著に、「時代の深層底流を読む」(東洋経済新報社)「『正義の経済学』ふたたび」(日本経済新聞社)。
 
寺島実郎氏  90年代以降、今までイデオロギーによって東西二極に分かれていたものが、東側が崩れたことによって、市場メカニズムの中に、かつて社会主義圏と言われていたところが参入してきた。その結果、地球が一つの市場になり、国境を越えてヒト、モノ、カネ、技術、情報の「移動の自由」を実現していける時代が来ると信じて懸命に走ってきた。
 さらに、アメリカが主導したIT革命なるものとグローバル化とがかけ合わさったような時代の到来を認識し、その中で、我々はどう生きていくかという議論をしていた。

戦いの先にビジョンと理念を

 今回の同時テロ事件というのは、多くの人が当たり前だと思っていたこうしたメガトレンドについて、もう一度考え直さなければいけないということを思い知らされた点で衝撃だった。
 アメリカは、多民族、多宗教を許容することによって、成り立っている「開放された社会」のシンボルとも言える存在だった。シリコンバレーで、インド人、韓国人、中国人、そして日本人が活躍している姿を見ると、国境を越えた様々なエネルギーを吸収して、新しい社会システムを作っていることが分かる。多様性を内包するアメリカ社会そのものがグローバル化の先行モデルみたいなものだった。つまり、グローバル化の時代とは、アメリカのような状況を世界に実現していく潮流ということもできた。同時テロ事件は、まさに、アメリカの「開放された社会」を逆手にとった攻撃だったのだ。
 IT革命によって実現した情報ネットワークを通じて、世界中の人が、ほぼ時間差なくあの大惨事を見た。しかも、それを繰り返し繰り返し刷り込まれるように、ビルが崩壊していく姿を見てしまったことによって、まるで脳震盪を起こしたような衝撃が世界中に走ったのだ。
 つまり、冷戦後の世界がこれから先、進むであろうと思っていたパラダイムを考え直さざるをえなくなったというのが現状だろう。
 どう考え直さなければいけないのかを、具体的に整理して見よう。まず、国際政治について言えば、CTBT(核実験全面禁止条約)、京都議定書問題など、あらゆる面でユニラテラリズム、つまり自国の利害しか考えない傾向を強めていたアメリカが、テロ事件をきっかけにして、世界の出来事、とくに冷戦後の世界をどうしていくのかについて、問題意識を深めることを期待してきたが、いま現在は、決して喜べる状況ではない。
 私は、アフガニスタンに展開しているアメリカの心理を「カウボーイ・メンタリティー」という言い方で表現している。アメリカの軍事行動を、やられたらやり返すのが男だという価値観から眺めてみれば、悪漢を懲らしめるカウボーイ映画の保安官のように映る。しかし、そこには、偉大な政治家の姿は見えてこない。
 偉大な政治家とは何か。それは必ず、その戦いの先にどういう世界、どういう時代を作ろうとしているのかというメッセージが見えなければいけない。過去2回の大戦を振り返って見ると、ウィルソンは国際連盟という構想を抱き、ベルサイユ講和会議に乗り込んで、国民国家間の紛争を処理していく仕組み、制御していく仕組みを作らなければいけないというので、国際機関を作った。一方、フランクリン・ルーズベルトは、大西洋憲章を出し、戦後システムとしてのIMF(国際通貨基金)、GATT(関税・貿易一般協定)といった体制づくりに向けてアメリカのリーダーシップを発揮した。
 しかし、今回のテロを、犯罪ではなく戦争だと言うアメリカは、いったいどういうビジョンと理念をもって、この先を制御していこうとしているのかという点からみれば、はなはだお粗末としか言いようがない。代わって、イギリスのブレア首相の昨年10月2日の労働党大会での演説みたいに、かろうじてこの戦争の先にどういう世界をつくるのかということについて発言しはじめているけれども、日本においても、そういう意味での姿はほとんど見えない。
 いずれにせよ、衝撃的な出来事だったがゆえに、外交とか国際関係という点から見て、アメリカがああいう形の対応をしなければならなかったことについては理解を示すにしても、もう4か月余りもたって、その先についてどうしていくんだという問いかけは厳しくなされなければいけないと思う。

新しいビジネスモデルの台頭

 次に、ビジネスの面から考えて見ると、やはりいま、衝撃を受けたことによるパラダイムの変化の中から、へこたれずに新しい可能性みたいなものにかけて頑張り始めている人たちの姿がいろいろ見えてきた。新しいビジネスモデルを作る人が目立ってきたということだ。
 アメリカのビジネス界に、新しいビジネスの萌芽を暗示させるようなキーワードが見えてきた。新しいキーワードとは、「セキュリティー(安全性)」と「ヒューマニティー(人間性)」。こういうものを大切にしたビジネスモデルをつくろうということから、新たな動きがいろいろ芽生えている。
 いままで、とにかく生産性、効率性、スピードを重んじた価値観から、「安全」を重んじる価値観に転換しつつある。
 たとえば、空港の安全を確保するためのセキュリティーチェックシステム、センサーなどの技術にすごく注目が集まっている。金属探知機だけではなく、バイオセンサーすなわち、生物化学兵器から、プラスチック爆弾までチェックできるようなセンサーの技術革新が進んでいる。
 要するに政府の研究開発にしても、民間企業のそれにしても、「必要は発明の母」であり、安全な空港を実現しなければいけないという必要性のために、ものすごい勢いで、技術開発が加速しているのだ。
 航空会社にとって、今度のテロ事件というのは、単に旅客が減ったという次元での衝撃にとどまらず、航空ビジネスそのもののパラダイムが本当に変わっってしまった。
 たとえば、スチュワーデスという職業の持つ意味が変わってしまった。つまり、事件が起きるまでは、首にナイフを突きつけられて、コックピットに連れていけといわれたら、連れていってコックピットを開けるというマニュアルになっていた。それで時間をかけて、「君の目的はなんだ」とか、説得して解決するという話だったのだが、自分の命を捨てることを前提にテロ攻撃された場合には、まったく意味がない。その結果、絶対コックピットを開けないというマニュアルになってしまった。それは、スチュワーデスという職業は、「あなたが殺されてもコックピットは開きませんよ」という命がけの仕事になってしまったわけだ。つまりマニュアルはもちろん研修から全部変えなければいけなくなってしまった。
 それと同じように、空港とか航空機だとかというものの安全性に対する考え方を徹底的に考え直さなければいけなくなり、それを前提にした研究開発が、一気に動き始めている。もちろん、テロ事件に限らず、狂牛病みたいな文明病など、あらゆる面での安全確保が急務になっているのだ。

ヒューマニティーへの回帰

 もう一つのキーワードであるヒューマニティーを、「人間性」よりもわかりやすい言い方をするなら、「愛」だ。あれほど凄惨な出来事を目撃してしまうと、人間の心理は「今、生きていることの幸福」を深めていくことへと向かい、内面的充足・燃焼を志向することになる。ニューヨークの出生率が急上昇する見込みとの報告もあるが、恋愛とか結婚とか人間的交流を求める傾向や芸術・文化・スポーツなど創造的価値を求める傾向、研修・学習・教育など、内面的充実を図る傾向などが強まっている。いままでそんなこと考えたこともないような中高年の男性までが、人生の目的とは何かとか、宗教とか哲学とか、そういう思想などの本を読み始めたり、ハリウッド映画が恋愛路線を主軸にしようとする話も出ている。
 最近、興味を持っているのは、イタリアを発信源にしているスローフード運動。要するにゆっくり食事をしようという動きのことだが、慌ててハンバーガーを五分で食べて、コーヒー飲んで終わりというような昼食では情緒不安定になってしまう。だからこの際、友だちや家族とゆっくり食事をしようというスローフード運動というのが脚光を浴びているわけだ。これらは断片的な話のように聞こえるかもしれないが、セキュリティーにしてもヒューマニティーにしても、いま階段の踊り場にさしかかっている、つまり、冷戦後の世界経済のパラダイム転換のなかで、正気にかえりつつあるともいえるわけだ。もう少しものをしっかり考えて進んでいかなければいけないというところに思い至ったということだ。これがビジネスの世界にまで滲み出てきている。

へこたれないアメリカの強さ

 そういう中で、やはりアメリカ社会の強さというか、たくましさと言ったものを感じる。アメリカ経済を見ていて思うのは、アメリカの株価は、理論的には下がっても不思議ではないような状況なのに、持ちこたえている。その理由は、いくつかあると思うが、一つはアメリカの個人金融資産の5割以上が株式市場に入っているという点だ。みんなが資産効果に依存して生活を成り立たせているから株が崩れては困るのだ。それは自分の命にかかわるテーマだから、懸命に株だけは持ちこたえている。
 それともう一つは、アメリカにとってもう少しポジティブに言うとするなら、テロ事件を契機に、アメリカに対する失望感によって欧州からアメリカに流入するカネとか日本からアメリカに行くカネが急速に逆流するのではないかという予測もあったし、去年金利をあれだけ、11回も引き下げたから、アメリカにカネを持っていくメリットとか、魅力とかというのが薄らいできていた。さらにテロ事件後にパラダイムの転換が起こって、カネが流れ込まないのではと思っていたけれどもそうではなかった。
 ユーロの立ち上がりで、まだわからない部分は多いが、いま現在は、意外なほどアメリカに向かっているカネの流れは変わっていない。
 水は低きに流れるという。相対的にみればアメリカぐらいにしか魅力を感じないということではないか。金利の魅力という点から見て、アメリカの金利は魅力がなくなっているにもかかわらず、相対的に新しいビジネスを生み出していく力や、新しい時代を切り開いていく経済の活力という点から見ると、やはりアメリカが強いという心理がまだ働いている。だからこそ、欧州からも、日本からも、相対的にアメリカにカネが流れていく。それが日本に逆流してこないということが問題なのだ。
 それは何を意味するかと言うと、アメリカにはへこたれずに技術をテコにした新しいパラダイムを開いていく力があるということだ。ITをテコにして大騒ぎしていた時代から、いまやナノテクノロジーだとか、バイオだとかという新しいキーワードでまた盛り上げていこうとするアメリカ。それを見ていると、相対的にではあるが、強いアメリカは、依然として健在だと考えていいのではないか。

日米のエンジニアリング力の差

 最近、アメリカのエンジニアリング会社の人と議論していてからかわれるのだが、日本というのは本当に不思議な国だと言われる。日本は、個別の要素では、すべていいものを持っている。技術もある、人材もいる、企業もしっかりした基盤をもったところがたくさんある。さらに、日本の対外純資産は、133兆円に上る。第2位のスイスで35兆円、第三位のドイツが20兆円という数字を見てもわかるように、統計上は世界でもダントツの金持ち国家であるということになってるわけだが、国民にその実感がない。いったいどうなってるのだろうかといえば、個別の要素を全部きちんと点検したならば、どうしてこれほど失速し、もがき苦しんでいるのかということが明らかになるのではないか。
 日本はこの個別の要素を組み合わせて、総合戦略を設計する力が弱い。これをエンジニアリング力と呼ぶ。エンジニアリングというのは、個別の要素を組み合わせて、問題を解決していくアプローチのことだ。
 日本は、官公庁でも省庁縦割りという中で、総合戦略を作れない悲しみの歴史を背負ってきている。戦争中でさえ、陸軍と海軍が連携するのしないのといった話が絶えず繰り返されてきた。みんな個別のタコツボのような世界ばかりを大切にする。それぞれに有能ではあるが、力を合わせてリンクするということに対しては、ものすごく戦略性に欠けるという、不思議な状況に陥っているわけだ。
 なぜなのか。様々な思いがある。それは話しはじめれば、教育論から全部ひっくるめた話になるが、少なくとも、これから日本に問われているのは、急速に進みつつある空洞化議論にあると思う。日本のとらの子産業である製造業の海外生産比率が、いま15%を超えたと言われている。アメリカでは製造業の海外の生産比率が3割を超している。にもかかわらず空洞化という議論はいっさい出ていない。空洞化という言葉の意味合いを、アメリカ人に説明することさえむずかしい。
 その理由は、アメリカという国は、国を出ていく人もいるけれども、入ってくる人もいるというメカニズムになっているからだ。つまり帳じりが合っているのだ。アメリカの自動車メーカーのビッグスリーは、海外でどんどん生産立地しているが、逆にトヨタ自動車でもホンダでも日産自動車でも、ものすごい勢いでアメリカで生産してる。アメリカで生産した日本のメーカーのクルマの台数は去年190万台に上る。出ていく人もいるけど、入ってくる人も引きつけているから、バランスが取れており、空洞化などという議論が起こらないのだ。
 これに対し、日本は、出ていく一方だから空洞化が問題になってしまう。つまり、ヒト、モノ、カネのすべてが出ていく一方なのだ。私はいつも“田舎のプレスリー”という言い方をしてるが、いまだに日本人は、海外に出ていくことがカッコいいことだと思い、目指すのは国際化だと思いこんでいる。田舎から出て来て、東京に行くのがナウい生き方だと思ってるような生き方と同じレベルで、ヒト、モノ、カネ全部が外へ出ていってしまう。
 まずヒトを見ると、日本からの海外旅行者は約1800万人なのに対して、日本に入ってくる人は450万人にとどまる。モノも、輸出入額で見ると、日本から海外への輸出額が4800億ドルなのに対して、輸入額は3800億ドルと、1000億ドルの輸出超過だ。カネは海外に投資してる分の10分の1も入ってこない。海外に投資することはいい。しかし運用効率でも良ければ、それなりに利息を生むが、実際には、目も当てられない状態だからカネがどんどん海外に出ていくばっかりだ。
 問題は、これから先、蓄積したそういうカネも技術も人材も注入しながら、この国の中でどうやって生かしていくかだ。高成長は見込めないが、少なくとも生活を維持し、日本人の経済的な幸せの設計図をどうやって描き出すのかという、成長のプラットホームをしっかりエンジニアリングしなければいけないところに来ている。


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