特集 2001.6/vol.4-No.3

消費のパラダイムシフト
マス広告の果たすべき役割は何か 電通関西支社 営業統括局インタラクティブ・コミュニケーション室室長 秋山隆平

 メディア環境の急激な変化の中で、消費者も変わってきた。それにともなって、小売りも、生産の方法も変わってきている。広告だけがマス広告のままでいられるのか。ワン・トゥ・ワン・マーケティングの登場で、消費者を狙い撃ちする時代になっている。今後のマス広告の役割を電通関西支社の秋山隆平氏に聞いた。
 
――マス広告の存続を危ぶむ声がありますが。
 結論から言えば、マス広告が死ぬということはないと思っています。なぜなら、マス広告は広告の本質そのものだからです。しかし、マス広告がいつまでも元気かというと一概には言えない。ワン・トゥ・ワン型の広告は注目されていますし、マス広告の本質に立ち返った議論が必要だと思っています。

――マス広告の本質というのは?
 マス広告は基本的には不特定多数に対する広告ですから、不特定多数に購買力がないといけないわけです。
 歴史的な話をすると、ヨーロッパでも18世紀までは不特定多数にはまったく購買力がなかった。それが、19世紀半ばになると、不特定多数も購買力をもってくるようになる。工場で働く賃金労働者、あるいはオフィスワーカーが増えて来るわけです。
 それから、1851年にロンドンで博覧会が開かれて売り場ができたり、1852年にはフランスでボンマルシェという百貨店ができる。そういう大量販売をする場所や装置ができてきます。
 また、生産の方も、産業革命があって手工業から工場生産になってくる。1908年にはT型フォードが登場し、大量生産の方法を確立していく。

――アメリカに産業の中心が移ってくるわけですね。
 アメリカでは、1920年代にGMS、ゼネラル・マーケットストアができてきます。そして、1936年にイギリスで、41年にはアメリカでテレビ放送が始まり、マスメディアも整ってくる。こうした要素が集まって、20世紀の大量規格生産、大量販売、それをつなぐマス広告という図式ができあがってきたと思うのです。


――そういう図式が、最近当てはまらなくなってきたということですが。
 商品の対象が不特定多数から特定多数に移ってきています。それはグループの時もあれば、個人の時もある。だから、広告も特定多数に対して打っていくようになってきています。
 今までは一つのマスとして非常に均質だったものがバラバラになってきて、マス広告の効率が落ちてきている。同時に、気をつけなければいけないのは、集中スポットなどで大量に広告を投下すると、商品のライフサイクルをただ短くするだけという危険性もでてきた。その辺が難しくなってきていますね。

――ライフスタイルで消費者をとらえようとした時期がありましたが、今はあまり聞かなくなりました。
 マス広告の終焉は今から20年前にも言われたことがあって、そのときに流行したのがライフスタイル論です。ライフスタイル・アプローチの問題点は、調査をやっていろいろなグループができるが、それに対応したメディアがなかったことです。
 抽出されたグループとメディアの接触をクロスさせてみると、どれもナンバーワンにくるのがテレビの野球中継やドラマだったりする。確かに、消費者は分かれ始めていたと思うのです。しかし、メディアミックスのためのライフスタイル・セグメンテーションを随分やりましたが、分類したものが広告のメディアに結びついていなかったということです。
 そこで、従来のすき間を埋める形で新しい雑誌も次々と登場していった。しかし、さまざまな特定多数に対応するメディアは、やはりできなかったですね。


――マーケティング理論に縛られすぎて、逆に消費者が見えなくなってきた面もあった?
 それはあったでしょうね。やはりマーケティングはアメリカからきています。ライフスタイルから見ると、日本はもともとアメリカよりかなり均質ですし、ライフスタイル・マーケティングが入ったころも、無理やり分けたというところがあったと思います。大きな部数の新聞が、なぜ成り立つかといえば、日本人は均質だからです。
 高度経済成長期は不特定多数が均質化したためにマスマーケティングがやりやすくなったのですが、その要因はやはりマスメディアです。これだけ多くの人が同じものに同時に触れ合うということは、新聞やテレビの普及以前にはなかったことです。たとえば、テレビが始まって方言がなくなったわけではありませんが、全国どこでも標準語を話すようになった。マスメディアが一般の人たちを均質化させていった。もう一つは、社会的な規範、かくあるべしを取り除いていったので、世の中が多様化しやすくなったということも言えると思います。マスメディアは、その両方の機能を持っていると思います。メディアは生活者を一方で均質化させながら、一方で多様化しやすくするということです。
 男はこうあらねばならないとか、女はこうあらねばならないとか、そういう一種のヒエラルキーも含めて取り外していったというようなところがありますね。

――マスメディアによって、従来のヒエラルキーも取り払われ消費者が変わってきた。また、最近はインターネットなど消費者を特定するメディアも登場してきた。それで、マスメディアの役割も見えなくなってきたということですね。
 モノの売り方そのものも変わってきています。
 2割の顧客が売り上げの8割を占めるという2・8の理論がよく言われますね。これは、今までのライフスタイルの考え方とは違う。たくさん買ってくれる自社ブランドのファンに、集中的に情報を送っていこうという考え方です。また、それとは別に、ハンバーガーや牛どんのように値段を安くしてほかにいかないようにするボリューム・ディスカウントという動きもある。

――メディアの使い方も変わってきた?
 アメリカでは郵便が安いこともありDMが昔からさかんだった。日本は郵便が高く、なかなか発達しなかったのですが、ここ1、2年の日本の広告費を見ると、DMと折り込みが伸びています。DMは個人が特定できますし、折り込みは地域を特定できる。実際のマーケットに即した動きが出てきた兆候だと思います。


――マス広告ではなくワン・トゥ・ワンだと言われるようになった理由も、その辺にある。
 これからはワン・トゥ・ワンだと言われる背景には、まず消費者が変わってきたことがある。先ほどのライフスタイルではなく、商品選好から見ると、消費者は非常に均質的なマスからバラバラな個人に変わってきている。しかし、商品に対する好みがもともとそんなに同質だったかというと、そうでもなかったと思います。やはり、商品の情報価値の部分が増えてきたので、その人その人の好みが出るようになってきたということだと思います。
 たとえば、輪ゴムはだれにとっても丈夫でちぎれなければいい商品です。しかし、車や服は商品に占める情報価値の部分が増えてきたので、デザインや色、サイズが非常に増えてまとまらなくなってきた。

――車の生産は、オプションを含めるとほとんど注文生産に近くなっていると聞きます。
 IT化によって、生産の方もあまりコストをかけないでいろいろな種類をつくれるようになっています。たとえば、トヨタは、一つ一つの仕様を一種類と考えると、3,000種類から4,000種類ぐらいの車をつくっていると言われています。
 もう一つはメディアが変わってきたことです。圧倒的に大きいのがインターネットの登場で、個人個人に情報が送れるメディアが出てきた。これは、ワン・トゥ・ワンのツールにもなるし、大変大きなメディアの変化だと思います。

――今後はワン・トゥ・ワン的な広告は増えて来る?
 だからといってマス広告が消えるわけではない、というのが私の考えです。確かに、ワン・トゥ・ワン的な広告は増えて来ると思います。ただ、ほかの人も知っているという状況を作るのが広告のパワーだと思いますし、ワン・トゥ・ワンにはその力はない。

――なぜですか。
 やはり、人間は社会的な動物で、みんながどうか、みんなに対して自分の位置はどうかということを常に意識しているからです。人とまったく違うと嫌だけれども、個性を出すために少し外すというようなことを日常やっているわけです。みんなが知っているという状況をつくるのがマス広告の一番のマジック、働きです。ですから、本来的に広告はマス広告でなければならない。
 人気者だからテレビに出るのではなくて、テレビに出ているから人気者なのだと思ってしまうわけで、広告は基本的にはそれと同じ原理を使っている。非常に強力な方法だと思います。

――調査でも、新聞やテレビでよく広告している企業はいい企業という評価が高いですね。
 欧米人はそうでもないと思いますけれども、日本人は特に「みんな」というものに対しての意識が非常に強い。「赤信号みんなで渡ればこわくない」という意識がある。
 しかし、ワン・トゥ・ワンは顧客との1対1対応が基本ですから、「みんな」をつくる場がない。その「みんな」をごく短期間に作ってしまうのがマス広告です。

――その「みんな」というのは、共通の価値観ということですか。
 社会的なルールは、伝統的な社会では数百年とか数千年かかって作られると言われています。それを「評価社会」と言っていますが、一定の行動に対して一定の評価をする社会ができてくるわけです。それをマス広告は、ほんの2、3週間で変えてしまう力がある。
 たとえば、女性が着る黒い服は喪服という社会的ルールがありましたが、ヨウジ・ヤマモトの服がはやると町中に黒い服を着た女性が増える。そういう流行やファッションをつくる力が広告にはあります。その際、社会の評価の尺度になるのがブランドということです。

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