特集 2001.6/vol.4-No.3

消費のパラダイムシフト

 長期にわたって景気の低迷が続いている。それは、これまでの消費を支えてきた社会構造が有効に働かなくなったからではないだろうか。高度経済成長を支えてきたのは消費の単位としての核家族、消費を喚起する装置としてのマス広告という指摘もある。消費社会の変化とマス広告の役割を問い直す。

格差の是正から自己肯定の消費へ

 高度経済成長期は核家族化が進んだ時代だった。冷蔵庫を買い、テレビを買い、マイカーを買い、豊かになっていくことが家族の喜びだった。その豊かさを手に入れてしまった今“家族”は目的を失ってしまった。将来への展望も見えない中で、消費はどこへ行こうとしているのか。「『家族』と『幸福』の戦後史」を書いた三浦展氏に聞いた。
 
20世紀アメリカと消費する家族

 1930年代になると、アメリカでは「消費する家族」という新しい考え方がアメリカン・ウェイ・オブ・ライフとして登場してくる。その背景には、ナチスとソ連の勃興があった。アメリカは、ナチズムとコミュニズムに対抗するイデオロギーとしてアメリカン・ウェイ・オブ・ライフを生みだしたのだ。
 そこで非常に重視されたのが、消費する家族、豊かな家族という考え方だった。貧困があるからナチスが生まれ、コミュニズムが生まれる。ヨーロッパの階級社会では、その貧困問題を解決できない。だから、ナチズムとコミュニズム、そしてヨーロッパの階級社会の三つに対するアンチテーゼが豊かな消費をする大衆であり、その単位が家族だった。
 消費する家族が重視されたもうひとつの要因は、アメリカの不況対策だった。生産力が向上したアメリカは植民地を持っていなかったため、生産したものをすべて国内で消費しなければならなかった。ところが、もともとはピューリタンの国だから、消費することは罪悪だった。生活は清貧が基本で、働いて、働いて、ただためていくというものだった。
 20年代に花開いた消費文化は、まだしょせん都市だけのものだった。それだけでは、アメリカの工業力と農業力の向上が生みだした生産物を消費しきれなくなった。それで不況が起きたのだ。
 不況対策としてルーズベルトが打ち出したのがニューディール政策だった。この政策は、通例公共投資の面が強調されるが、他方では家族消費拡大政策だった。ダムを造る一方で、家族を消費者化するというのがルーズベルトの政策だった。
 それを象徴するイベントが1939年のニューヨーク万博だった。33年のシカゴ万博は「センチュリー・オブ・プログレス」がテーマで、それまでの100年間にアメリカがいかに工業力を高めてきたか、機械文明を築いてきたかという生産者の側から見た展示だったが、ニューヨーク万博は、消費する楽しさを大衆に広めるねらいで行われた万博だった。
 そこでは、豊かな消費生活を享受する家族――車を持ち、家電を持つ家族というものが、非常にわかりやすい形で展示された。その動きは、日本との戦争で一時止まるが、戦後に爆発的に郊外に住宅地が造られて、工場労働者でもテレビと家電と車のある生活が実現した、そういう国があっという間にできていく。だから、終戦直後に進駐軍が来て日本人が見せつけられた豊かさは、アメリカにとっても最先端の豊かさだったのだ。

消費する家族という形だけを取り入れた日本

 現在の自分の生活水準を「中の中」と答える人の割合は1973年の61.3%でピークを迎え、以後低下。バブル期以降は再びゆるやかに増加している。また、「中の下」の意識は、「中の中」の意識と対照的な動きをしている。
 ところが、日本では消費する家族という形だけを取り入れてしまい、新しい日本文化をつくろうという思想がなかったのではないか。
 アメリカの中流家族を主役にしたドラマ「パパは何でも知っている」のアンダーソン一家は、食事の前に必ずお祈りをささげる。日本の場合、そういう宗教的なところは古いものとして捨てられて、パンとバターで、コーヒーを飲んでいれば文明国になれると思ったフシがある。
 地域共同体から独立した核家族には、共同性というものが最初からない。根無し草だ。だから共同性を何かで保証する必要があった。それが消費だった。私は高度成長期の家族を「消費共同体」と呼んでいる。消費することで家族が共同体であると信じられたのだ。
 そして団塊世代が70年代になって結婚し、ニューファミリーを形成しはじめると、消費共同体としての家族というものを決定的な既成事実にしてしまった。中流社会が完成したとも言える。
 事実、内閣府(旧総理府)の調査で現在の自分の生活水準について「中の中」と答える人は、58年には37.0%だったが、73年には61.3%になっている。貧乏でもがんばって働けば「中流」になれるというインセンティブが高度成長期を推進する力になり、実際にそれが実現したことがここからわかる。

家族に商品を売る家族マーケティングの時代

 この時代の日本のマーケティングは家族マーケティングだった。家族を相手に商品を売ってきた。家族が成長すると共に商品を売ってきたのだ。
 「いつかはクラウン」という図式が典型的だ。四畳半一間の新婚生活から始まって、夫が働き、出世し、給料が上がり、最後に郊外に一戸建てを買うまで、消費財がより高級に大きくなっていく。ワンドアの冷蔵庫が、ツードア、スリードア、フォードアになって、最後は500リットルになる。そして車は、パブリカに乗っていたのが、最後はセルシオに乗るという上昇志向のなかで、モノを買うと家族も幸せを実感するというシステムだった。
 団塊世代が結婚したころまでは、新婚家庭には何もなくて、だから「がっちり買いまショー」のような番組が人気だった。結婚しないとテレビも家電も買えなかった。
 ところが、今は新婚の時点どころか、独身でも家財はそろっている。だから、もう家族というイメージではモノが売れなくなっている。

家族から個人に売る時代へ

 高度経済成長期の代表的な世帯型商品の普及率。電気洗濯機、電気冷蔵庫、電気掃除機は三種の神器、カラーテレビ、乗用車、ルームエアコンは3Cと呼ばれた。三種の神器は、70年代にはほとんどの家庭に普及していたことがわかる。
 80年代には家電は個人に売る時代になった。“個電”である。だから、もう消費共同体としての家族ですらなくなった。家電が家族を個人に解体しているのだ。
 車の場合は、70年代にはまだ50%程度の普及率だったが、バブル期を経て今は地方に行くと一人1台になった。だからもう「いつかはクラウン」という売り方はできない。それでもモノを売らなければいけないとすれば、発想の転換が必要になる。
 消費共同体としての家族が解体した今、私は、これからの企業は基本的には個人の満足度を高める商品をつくるしかないという立場だが、それはますます家族を解体させることになるだろう。
 だから、家族の共同性やまとまりが必要だというなら、別のところでしっかりと思想としてつくらないといけない。
 まして、インターネットや携帯電話の普及で、今後は個人が直接結びつくようになる。なぜいっしょに住んでいるのか、親子だからという理由だけで家族を結びつけるのは弱すぎる時代になっている。

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