特集 2001.1/vol.3-No.10

新世紀と新聞広告の役割
新春対談 梶祐輔氏・岩田安弘氏

 デジタル革命、情報革命、IT革命、さまざまな呼ばれ方で時代の変化が語られてきた。10年前は可能性として語られてきた新しいメディアが現実のものとなり、多くのメディアが併存する時代が、いよいよ本格化する。それは、20世紀の経済と共に成長してきた新聞、テレビに代表されるマス広告、さらには、広告そのものの役割が改めて問われる時代でもある。
 
 岩田 20世紀はマスメディアの時代でした。中でも新聞とテレビが中心でした。それがここ数年、インターネットの発展、テレビの多チャンネル化、携帯電話の普及と急速に多メディア化してきました。一方で、総広告費における新聞のシェアが20%のレベルで低迷するなど、新聞はあまり魅力ある媒体とは思われなくなってきています。それに対して、われわれ新聞業界は有効な対応を模索しているのが実情です。そこで、今日は21世紀の新聞広告について改めてお話をうかがいたいと思っています。
  「21世紀」は、人間が便宜上決めた目盛りですが、目盛りをつけると、その節目節目で、やはり世の中は変わっていくのですね。正月になるとなんとなく気持ちが改まって、今年1年を考えたい気持ちになる。21世紀は、100年の区切り、1000年の区切りですから、世の中がここで大きく変わるのは当然のことですね。20世紀と21世紀は基本的に違うという前提で、われわれはやはりこれからのメディアの問題を考える必要があります。
 岩田 21世紀の新聞広告の位置づけを考えるには、まず新聞広告とは何か基本的なところをもう一度押さえてみる必要があるのではないでしょうか。

売るための手段ではない広告

  新聞広告は、テレビと共にマスコミュニケーションの2本の柱の一つとして存在してきました。そういう意味では、20世紀に果たしてきた新聞の役割は大きいものがあったと思います。しかし、20世紀の広告を振り返ってみて思うのは、新聞広告だけではなくて、日本の広告そのものが出発点のところで道を間違えたということです。とくに、広告を「売るための手段」としてせっかちにとらえ過ぎたと思っています。
 岩田 広告は商品を売るためのコミュニケーション活動ではないと……。
  庭で野菜を少し作っているのですが、野菜を育てるためにはやはり肥料をやらなければなりません。即効性のある化学肥料は、育ちがよくないときにやると非常によく効く。けれども、それだけではちゃんとした野菜は育ちません。もう一方で、腐葉土や牛ふんなどじっくり効いて、本当に土を豊かにしてくれる肥料がいる。2種類の肥料をうまく組み合わせていく必要があります。
 同じようにマーケティング活動も、目先の効果をねらうものと、長期にわたって畑に力を付けるものとの二つをうまく使い分けていく必要があります。
 日本の場合は、とくに戦後、成長を急ぎすぎた。世の中全体が成長を急ぎすぎたあおりをそのまま受けて、広告はすぐ効くものだと思われてしまった。商品の売り上げを増やすために広告をやる。もっと増やすにはもっと広告をやる。広告の目的は商品の売り上げを伸ばすことだけに集約されて考えられてきました。そのために、土そのものの元気がなくなってしまったということだと思うのです。
 岩田 そういう視点で見ると、確かに日本の広告はほとんどが化学肥料としての使い方だったような気がしますね。しかも、売るための広告という意味では、商品にもよりますが、新聞広告よりテレビコマーシャルの方に分があった。
 梶 テレビコマーシャルは、本当に化学肥料みたいなもので、即効性だけの勝負です。しかし、それで目先の売り上げを稼いでいくと、本来の土の力、世の中全体の消費を生み出す力がなくなってくる。だから、最近のように景気が多少回復してきても消費が伸びないことになる。明らかに土が力を失ってきた証拠です。
 広告はものを買ってもらうためのいわば土を作る仕事です。もうひとつの販売促進、セールスプロモーションは、まさに売るためのお手伝いをするもので、広告とは違う。日本ではその両者の境界がわからなくなってしまっています。広告とセールスプロモーションがごっちゃになっている。長期的効果を考えてマーケットに力を付けていく土壌づくりがないままに何十年か来てしまった。そのしわ寄せが、今出てきているのではないでしょうか。
 岩田 新聞広告にもレスポンスを目的にした広告は多い。書籍や旅行、不動産広告などでは、特にそういう面が強い。しかし、長期的視点に立った広告にも新聞は重点を置いていく必要があるでしょうね。
  広告が売ることを最終的な目的にすべきではないというのは、非常に極端な言い方かもしれません。しかし、広告が今のままでいいかといえばそれはだめなので、販売促進と長期的な視点に立った広告とが、50%、50%で動いていくのが正しい姿だと思いますね。

梶祐輔氏

企業の評価基準が変わった

 岩田 戦後、マス広告が急速に発達したわけですが、最初は新聞広告だった。数字を見ても60年代までは順調に新聞広告が伸びてきています。日本の企業も発展途上にあったころで、新聞広告も元気が良かった。いい企業広告も多かったと記憶しています。
  60年代以降、日本の企業はどんどん大きくなって、分業化が進んでいく。それに伴って宣伝部の機能が確立してきました。それまでトップマネジメントで行われていた広告活動が宣伝部に権限委譲されます。しかし、そうすることで、企業の中で広告の地位が下がったと思っています。つまり、広告がトップマターではなくなったということです。広告が宣伝部門の業務になった70年代以降、相対的に新聞広告の地位がダウンしていった。
 岩田 しかし、最近、トップ自らがビジョンを語る企業が増えてきています。広告の中身も、少しずつですが変わってきたと思っています。読売新聞の不動産広告賞にパテオ賞がありますが、最近は不動産広告の中にも企業広告、IR広告が増えてきています。
  20世紀の日本の会社は売り上げ至上主義で、同業他社よりたくさん売ることに企業の目的が集約されていたと思うのです。それを反映して、広告が「売らんかな」になった。しかし今は、売り上げよりも中身で企業が評価されるようになっています。反対方向に振り子が振り過ぎているとも思うのですが、株の時価総額でその企業の価値を評価する見方すら出てきています。しかし、少なくとも今問われているのは企業の中身で、それを世の中に知らせる役割を広告は果たさなくてはいけないと思うのです。これまでのような販売促進一辺倒の広告では、それができません。
 従来は土地や設備など目に見えるものが企業の価値でしたが、将来に対する企業ビジョンやブランドなど目に見えない価値が企業価値になってきています。その目に見えない価値を作り出していくのは、やはり広告であり、企業の発信するメッセージだと思うのです。
 岩田 IR広告が注目されてきた背景には、それがあるのでしょうね。最近はその対象も株主・投資家だけでなくなってきています。取引先や金融機関、監督官庁、従業員、顧客など直接的な利害関係者から、アナリストやジャーナリスト、格付け機関なども含めるようになってきています。それに伴って、従来は経済専門紙の守備範囲だった広告が一般紙にも掲載されるようになってきています。
  そういう広告は、宣伝部ではなかなか背負いきれませんね。IR広告は特にトップマネジメント直轄で、経営戦略と一体になってやらなければできない広告です。そういう意味で、21世紀は60年代のようにトップがイニシアチブをとって広告を作る状況に、また戻っていくような気がしますね。

企業イメージからビジョンへ

 岩田 最近のIR広告や企業価値を高めるブランド広告を以前は企業広告と呼んでいたと思うのですが、不景気になると、まずその企業広告が無くなりますね。
  今まではそうでした。しかし、企業を取り巻く状況が変わり、企業の評価基準が変わった。いままでは確かに、景気が悪いときにはやらないけれども、景気がよくなったらやるのが企業広告だった。しかし、いまは企業広告をやらない会社は企業として評価されない時代です。
 岩田 その企業広告の目的も、以前は「企業イメージ」という漠としたものを上げるための広告がほとんどだったと思うのですが。
  イメージというのは結果に過ぎないものです。今までその企業が何をしてきたかという過去の累積が企業イメージです。今はイメージではなく、企業のビジョンが問われる時代です。企業が明日何をしたいかが重要になってきています。世の中が問題にしているのは、その企業が明日どうなっていくかです。
 岩田 バブルの真っ最中に新聞に盛んに出ていた企業広告は、ほとんどリクルート対策だと言われていました。
旭化成工業広告紙面
   そうですね。そういうリクルートのための企業広告は、「うちはいい会社だ」でよかった。しかし、いい会社だけで投資家がその会社の株を買うか。企業が何を考え、何をしたいのかをきちんと表明しないと投資家としては自分のとらの子を預けられ ない。そういう企業のビジョンが語られることなく、企業イメージだけが独り歩きしているのは、きわめて変なことだという気がします。
 岩田 企業イメージという言葉は、考えてみるとあいまいな言葉ですね。
  そのあいまいな企業イメージを高めるために企業広告をするというのでは、説得力がありません。残念ながら、予算に余裕があるときにやる広告という認識が、いつの間にか広告主の間にできてしまった。

商品の売り方が変わった

 岩田 大量生産・大量消費の限界が言われ出したのは80年代からだと思うのですが、日本は産業の構造転換をうまく行えないままバブル経済が破たんし、長期の不況に苦しんできた。しかし、その間、アメリカを中心に新しいマーケティング理論が現れてきました。ワン・トゥ・ワンやリレーションシップ・マーケティングといわれる考えが登場してきた。企業の価値基準だけでなく、商品の売り方にも変化が表れてきていますね。
  今後の広告は、企業ブランドのための広告と商品ブランドの広告に二極化すると見ています。 
 20世紀は、大量生産・大量販売の手段としてマーケティングや広告があった。一つの商品をできるだけたくさん売るのがマーケティングや広告の役割でした。たくさん売れば、それだけ単品あたりのコストが下がり、競争力が増す。だから、また売れるというのが高度成長期の論理でした。市場が成長段階にあったために、非常にいい循環が生まれた。
 しかし、消費社会がここまで成熟してくると、売り上げを増やそうとしても増えない。たくさん売るために値段を安くすると、利益が出ない。スーパーなどの量販店はそれで具合が悪くなっています。一つのものをたくさん売るという発想は、もう通用しなくなっています。
 岩田 新聞広告の広告主も最近はかなり変わってきています。80年代は百貨店の広告に非常にパワーがあった。ところが、流通業は今非常に苦戦しています。それに変わってということではないのですが、最近の新聞広告を見ていて思うのは、メーカーの広告に自社のホームページのアドレスを入れるところが多くなってきて、そこで顧客を囲い込む動きが出てきていることですね。
  確かに、最近は自社のブランドに愛着と信頼を持ってくれる一人の客に、できるだけたくさん買ってもらう方向に変わってきています。しかも、一回買ってもらって終わりではなくて、一人の客に何回も自分の会社の商品を買ってもらうかたちに売り方が変わってきています。これは非常に大きな転換だと思います。
 これまでの一つのものをたくさん売る考え方は、新しい客が無限に増えていく幻想の上に成り立っていました。それはもうあり得ないことです。そうすると、一人の客をきちんとつなぎとめて、そのブランドに信頼感と愛着を持ってもらい、何度も商品を買ってもらう方法に切り替えていかざるを得ない。
 岩田 広告に求められているものが変われば、当然メディアの使い方も変わってきますね。テレビは、これからますます多チャンネル化していきます。日本の新聞は、世界の新聞と比べても巨大で、読売新聞は1,000万部ある。そうすると、唯一残るマスメディアが新聞だという見方も成り立ちます。新聞広告の使い方が今まで通りでいいのかという問題も出てくる。
  テレビには時間帯があります。だから、夜11時半に何回コマーシャルを流しても10時に寝てしまう人には一生涯届かない。たまたま11時半に起きている人がいても、そのときにNHKを見ていればそのコマーシャルはまったく目に触れないわけです。テレビでは個人視聴率が大きな問題になってきています。つまり、この時間帯にはどんな人が見ているというデータをそろえて、ターゲットへの到達率を高めようと努力をしていますが、短いコマーシャルの時間内に伝えられる情報量には限りがあります。
 読売新聞の1,000万部は数から言うと超マスメディアですが、それをばらまき型として使うこともできれば、活字の機能をフルに発揮して特定の読者の心に深く入っていくことのできるメディアとして使うこともできます。1,000万の購読世帯の中の100万人が問題かも知れないし、50万人が問題かも知れない。あるいは、その中の10万人の読者の心にうんと深く入っていって、その気持ちを変えさせる広告が必要な場合もある。そうした特定の客との関係を確立するためのメディアと考えればいいということです。
岩田安弘氏
 岩田 新聞記事自体がそういう性格を持っていますね。新聞のすべての記事を読む人はまずいません。ただ、目に付いた自分に興味のある記事を見出しを手がかりに拾い読みしている。
  なぜ、ワン・トゥ・ワンにマスメディアが必要かと言えば、初めからワン・トゥ・ワンで一人の客を的確に選び出すことはできないからです。そのブランドに信頼感と愛着を持ってくれそうな人をどこかで探さなければならない。また、インターネットは客の側からアクセスしてきますが、そこにどうやって客を導いてくるかという問題がある。マスメディアを使って、未知の顧客を開拓する必要は今後も残ります。
 岩田 新聞は宅配制度もあり比較的読者が固定していますが、それでも1年で2割程度は入れ替わります。常に、新しい読者を獲得する努力をしています。それと同じ状況になる?
  その「2割」を開拓するのはマスメディアの重要な仕事だと思います。
 それから新聞の場合は、売らんがための情報はチラシという形で新聞の中に折り込まれています。そこへまた新聞広告まで同じようなことをやる必要はないと思うのです。自動車でも、ディーラーが試乗会や特別仕様車を売る情報はチラシに十分入っています。そういう総合的な構図の中で新聞広告を考えていかないと、効率が悪くなってしまう気がしますね。

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