特集 2000.06/vol.3-No.3

企業にとっての危機管理
危機管理はどうあるべきか
Tatsumi Tanaka
 1953年愛知県生まれ。慶応義塾大学卒業後、83年にリクルート入社。「リクルート事件」の渦中で、
秘書課長、広報課長、総務部次長、業務部長を歴任。95年、神戸のポートアイランドに本社を構えるノエビアに入社し、宣伝部長、社長室長を歴任。入社4日前に阪神大震災が起こる。97年に危機管理のコンサルティング会社リスク・ヘッジを設立。著書に、『「危機にあいやすい人」の心理と回避術』(講談社)、『企業危機管理実戦論』(文春新書)。

 危機管理に対する企業の関心は高いが、明確な方針を持って対応策を立てている企業は少ないと言われる。企業の危機管理とはどうあるべきか。危機管理の現場でコンサルタントとして活躍する田中辰巳氏に聞く。
田中氏 当事者にとって危機管理はとてもむずかしいが、第三者から見ると驚くほど簡単だ。視野の狭窄(きょうさく)に陥らなければ、的確な対応ができるからである。冷静にダメージをコントロールする秘訣(ひけつ)を紹介してみよう。

方向性のない危機への対応

 過去にさかのぼると、昭和60年ごろの「グリコ・森永事件」、そして三井物産の「若王子さん誘拐事件」で危機管理がクローズアップされた。最近ではO157も流通業にとっては大きな危機だった。そしてまた、一連の利益供与事件、東芝ホームページ禍事件と、このところ立て続けに大きな事件が起きて、危機管理に対する意識は非常に高まっている。しかし、意識が高まっているだけで、どうしていいかわからないのが企業の実態ではないだろうか。
 実際に危機に遭遇した会社は、オーバーシューティングする。利益供与の窓口になった総務部や広報部を廃止するというようなことをする。そして、弁護士や警察OBに危機管理を丸投げするところが多い。「利益供与事件は対応する部署があったから起きた。虫歯のようなものだ。いっそのこと歯を抜いてしまおう」という発想をする。
 そうすると、これまでは総務部や広報部が対応していた業務を営業などの第一線の現場がやらなければならなくなる。これは攻撃する側からは、千載一遇のチャンスと見られる。ものすごく攻めやすくなる。危機管理の専門家ではないし、相手のこともよくわからないからミスばかりする。
 そういうオーバーシューティングが起きて、それがかえって現場を混乱させているのが実際に危機に遭遇した会社の現状だ。逆に危機に遭遇していない会社は何かやらなくてはと、いろいろな講演会や勉強会に出席したりしているが、まだ起きていない事態に対してどんな準備をしたらいいかわからないでいる。ちょうど病気でいうと、かかっていない病気をどう防ぐかという、そういう状態だと思う。それでマニュアル作成や組織づくりに取り組む。
 危機管理マニュアルの無力は、マージャンに例えるとわかりやすい。マージャンにはセオリーはあってもマニュアルはない。自分のところに来る手は毎回違う。4人でやるゲームだから、相手の配パイも違うわけで、マニュアルで自分にこういう手が来たら、こういう手作りをしなさいといっても意味がない。危機管理にはマニュアルはほとんど役に立たない。ただし、セオリーはある。
 この点を理解しないから、これだけ危機管理が話題になりながら、いまだにほとんどの企業で学習効果が出ていない。

必要な情報開示の基準

 ディスクロージャー、情報開示ということが言われてから、情報はすべて出さなければいけないと思っている企業が多い。しかし大事なことは、どういう情報を出して、どういう情報は出さなくていいかという基準をしっかり持つことだ。
 企業を危機に直面させる事件が立て続けに起こっているのに、いまだにどこまで情報を出すべきか、出さざるべきかの基準を多くの企業は持っていない。
 社員が誘拐事件に巻き込まれたとき、犯人からどういう要求があったかを公表すべきかどうか。捜査当局に情報を提供すべきかどうか。裏取引の有無やその金額にマスコミは関心を持つが、これを情報開示すべきかどうか。そういう最も基本的なことですら結論が出ていない。
 やはり国によっても違うが、日本は人命を最優先する国だ。人命を救うために必要なことは、しなければいけない。しかし、人命を救うために捜査当局に協力しないという考え方は、社会全体から見れば人命尊重と被害の拡大・再発防止にならない。こういう視点に立てば、捜査当局には100%協力しなければいけないということになる。裏取引をしたかどうか、その金額がいくらだったかは、ほとんど公開する必要のない情報だと思う。確かに人々やマスコミの関心事ではあるが、金額の多寡が新たな人身の危機を招くおそれがあるからだ。
 これは私見でしかないが、人に生きざまがあるように、企業にも生きざまというものがあっていい。ただし、基本は人命・人権の尊重、被害の拡大防止、再発防止で、この基準に照らして情報を開示すべきかどうか判断をしていけば、大きな間違いはしないだろう。最もいけないのは、出す情報がブレることだ。最初出さないでおいて、途中から出すというようなことが一番いけない。一貫性を持つということが重要だ。
 情報開示をするときに、気を付けなければならないポイントがもう一つある。よくあるのが社内で議論を煮詰めていくと、論点が偏ってしまって外とのギャップを見落としてしまうことだ。突然発表して、世の中を驚かせてしまうことがよくある。例えは悪いが、マスコミも含めて世間というのは山の中のクマと一緒で、突然出合うとびっくりして襲ってくる。
 例えば私が勤めていたリクルートという会社の大きなターニングポイントは、銀座の日軽金ビルを買った時だった。あれが世間をものすごく驚かせてしまった。実はリクルートはその前に銀座に自社ビルを建てている。その時はだれも驚かないのに、日軽金という重厚長大のシンボルのような会社が本社を売らなければいけなくなった。それを買ったのがリクルートという当時はまだよく知られていない会社だということから、びっくり仰天して、何だリクルートという会社は、怪しいぞということになってしまった。
 だから、ちょうど登山者が鈴をつけて山の中を歩き、人間がここにいるぞと知らせながら歩くように、早い段階から情報を出していくことが必要だ。違和感が世論の反発を招くことは非常に多い。

危機対応力の身に付け方

 危機管理は、展開の予測に尽きる。読みを間違えないということだ。展開を予測する目を養う有効な方法は、疑似体験だと思っている。実地体験をして経験を積むといっても、一企業がそんなにたくさんの危機を経験することはないし、むしろあったら困る。しかし、いつそれが自社に降りかかってくるかわからない。他社の事例を疑似体験のレベルにまでもっていくことが有効だ。
 例えば利益供与問題が出たら、なぜそうなってしまったのか、マスコミの人から聴くなど可能な手段をつくして情報収集する。そして、自分たちだったらどうするかを内部で議論する。記者会見があったら、自分たちだったらどう答えたか。他社の事例で、そういうことを日常的に疑似体験のレベルまで昇華していくことが、いざというときに役に立つ。数ある事例を自社に当てはめて研究していくことだ。
 二つ目は、変化をしっかりとらえていくことが大事だ。PL法を境に消費者の権利意識は高くなってきている。インターネットの出現で一般の人が情報を発信しやすくなった。メディアの発達もあって、衆人環視も浸透してきている。
 例えば、野村沙知代さんが不起訴になると、東京地検に何百本も電話が入る。新潟県警の不祥事があると、警察庁に何百本も電話が入る。こんなことは二十年前にはなかったことだ。しかもマスコミにも市民からどんどん情報が提供される。きっかけは「フライデー」「フォーカス」の写真週刊誌の出現で、情報がどんどんメディアに寄せられるようになった。
 企業も社員のロイヤルティーが低下している。背景には、転職がしやすくなった、いつリストラされるかわからないという状況がある。年功序列、終身雇用が崩れ、企業に対するロイヤルティーが非常に低くなっている。だから後から後から内部告発が出てくる。そういう社会の変化を見ていくことも、展開の予測には重要だ。
 一方で時代によって「罪」も変化してくる。一昔前なら未公開株の譲渡はどこでもやっていたことだ。しかし「リクルート事件」を境に、明らかに罪になった。公務員の接待も昔は現金や商品券をもらわなければよかったものが、今は接待自体がダメになった。こうした変化を見抜かないと展開の予測を誤ることになる。

スタッフ型の専門部門を

 企業の危機管理は、社内に必ず専門セクションを置くべきだ。ただし、そこをライン化しないで、スタッフにしておかなければならない。
 スタッフというのは、私のようなコンサルタントと同じでトラブルを起こした部署に対してコンサルティングの立場で仕事をする。ライン化した“たんつぼ型”の危機管理セクションだと、皆そこへ問題を丸投げすることになる。丸投げできる安心感から、初期対応が甘くなるし、情報が正確に伝わらなくなり、たらい回しになる。こうなると、二つの大きな悪いことが起きる。
 一つは、それがクレームであれば、クレームを言ってきた人間の悪人化が必ず起きる。自分のところで処理できないからそこへ回すわけで、その時に「○○というクレームを付けてきた非常にいい男がいて……」と言ってバトンタッチはしない。
 もう一つは、たらい回しにされると、クレームを付けた側の怒りの変化を見落としてしまう。最初は商品の不具合に怒っている。次には電話を受けた窓口の対応が悪いということで怒っている。その次には、暴言を吐かれたことで怒っている。次には自分を暴力団、総会屋扱いされたことに怒っている。たらい回しにされると、必ず怒りが変化してくる。だから同じ人が対応しなければダメだし、バックアップ型、スタッフ型でないとダメということになる。
 それから最後に重要なのは、危機というものの正確な把握だ。これをよく間違える。何の危機なのかということだ。
 ミドリ十字は非加熱の血液製剤にエイズウイルスが混入されているうわさが立ったときに、目の前の「売り上げの危機」だと思った。それで慌てて「当社の非加熱の血液製剤は国内産の原料でつくっている」と偽りの発表をしてしまった。しかし、アメリカのジョンソン・アンド・ジョンソンは、ドル箱商品に青酸化合物を混入されたときに、1億ドルかけて回収して、「買わないでください、使わないでください」とやった。売り上げの危機ではなくて、製薬会社の「信用の危機」ととらえた。その結果ジョンソン・アンド・ジョンソンは、去年の米国内でのアンケート調査で好感度ナンバーワン企業になっている。
 広い意味でいえば、これも展開の予測の一つかもしれないが、展開の予測をして、次に何の危機なのか正確に把握して、守らなければいけないものを見いだす。それから社会の変化というものに照らし合わせてみる。そういった順番でやっていけば、危機に際して10戦9勝はできると私は思っている。(了)



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