特集 1999.5/vol.2-No.2

改正男女雇用機会均等法とこれからの企業のあり方
改正均等法の本質はどこにあるか 成城大学法学部長 奥山明良
 
 女性のみの募集・採用の禁止の話題が先行したこともあり、「改正男女雇用機会均等法」そのものの理解は、まだ十分とは言えない。改正均等法の本質はどこにあるのか。学識者の一人として法案審議に参加した成城大学の奥山教授に聞いた。

今回の均等法改正のポイントはどこにあるのか?

 法律が作られてから十四年たち、企業と働く女性を取り巻く社会経済状況も大きく変わってきています。第三次産業中心への産業構造の変化や少子・高齢化による労働力の絶対的な不足から、企業が好むと好まざるとにかかわらず、今までの男性中心の雇用を続けていくことができない時代になってきています。さらに、これからは国際間の企業競争もますます厳しくなってきますので、男性だけの労働力に頼っていたのでは、結局は勝っていけない。企業としても女性の労働力を積極的に活用せざるを得ない状況になってきているわけです。
 こうした社会の変化とちょうど重なる形で、今回の改正均等法は出てきています。これからの企業の雇用管理は大きく変わると思いますが、それは均等法が整備されたから、企業が雇用管理を変えざるをえないということではないと思います。企業自身にもこれから女性を単なる活用ではなくて、戦力化していかなければいけないという意識が非常に強く出て来ていると思います。
 今まで日本の企業の基本的な賃金体系は、長期的雇用慣行の下での言ってみれば生活給主義です。一人の労働者が家族とともに一定の生活水準を保てるように賃金体系が組まれてきた。勤続年数に応じた定期昇給やベースアップ、退職金制度など、優秀な人材が逃げないようなインセンティブを企業のなかに作ってきた。そういう賃金体系が今後はまず組めない。労働力が高齢化していきますから、年功処遇はとれない。
 だから、職務給、職能給、年俸制ということがいわれているわけです。賃金の基本的な決定基準を学歴や扶養家族の人数で組まなくなると、企業としては基本的に男女の区別は必要ではなくなる。企業が求める能力を持っていさえすれば、あるいは企業が求める成果さえ出してくれれば、それで構わないということになります。
 加えて、働く側の意識も変わってきて、特に若い世代は企業帰属意識を持たなくなってきています。会社よりは自分の個人的な生活をという、就業意識の多様化が進んでいます。男性でも、今まで会社人間的な働き方をして、「振り返って自分の人生なんだったんだ」ということを反省している時代です。
産業別就業者数及び構成比の推移 今は景気が悪いから抑えられていますが、景気が多少でも上向き加減になると、よりやりたい仕事、お金よりも地位よりも、自分の生活を中心とした生き方に、若い人たちを中心に動く可能性が強いのです。そうなると、ますます勤続年数に応じた年功処遇はできない。職務を中心にした能力評価で、企業は短期的なものの考え方をしていかなければいけない。
 だから、働く側がよりよい仕事、より高い地位に就き、より高い賃金を取っていくためには、これからは個人個人が自分のお金で自分の能力に磨きをかけていかなければいけない。今までは企業が、大量一括採用方式の下で新人研修、専門職研修、管理職研修などいろいろな研修をやって、ローテーションで動かして能力を養成したけれど、そんな余分なお金はもう企業にはない。これからの時代は欧米の企業と同じように、必要な仕事があるとしたら、その仕事をすでにやれる能力を身につけている人を採用するようになる。そうなると、ますます男とか女といった性別基準は不可欠な採用基準ではなくなってきます。
 それに女性もキャッチアップしていかなければいけない。仕事に対する責任と自覚を高めていく必要があるし、それに連動して就業能力もつけていかなければいけない時代になってきます。これまで以上に女性に対して厳しい視線が向けられるでしょうし、女性自身の対応が迫られることは間違いないのです。
 だから、意識と能力のある女性は仕事をどんどんやるようになるし、意識も能力も今までのままで止まっている女性は結局変わらないという“区別化”がますます進むと思います。男性も、これからは意欲や能力のない人はどんどん切られていくでしょう。その意味では、これからの企業社会は男性にとっても女性にとってもシビアな時代になっていくと思います。ただ、改正均等法は、女性からすれば大きなチャンスです。大きな企業は、すでにそういう意識をかなり持っていると思います。
 今回の改正均等法では、雇用の入り口のところ、募集・採用と配置・昇進の性差別を従来の努力義務から禁止規定に変えましたが、法律的には、これはあくまでもボトムライン、最低限のルールです。それが十四年前は、日本の企業慣行や男女の役割分担的な意識もまだ根強かったから、たまたま禁止規定が作られなかっただけの話です。この十何年の意識やその他の状況変化のなかで、改めてボトムラインができた。だから、決して何も目新しいことではなくて、当たり前の最低の基準です。

求人の職種名は労働省の指針もあり、混乱しましたが

 少し誤解されていると思うのは、指針の意図はこの呼称にしなさいということではなく、女性など一方の性を排除しないことを明らかにさせる一つの例示に過ぎません。また女性を必ず採用しなさいということでもないわけです。「男性も女性もともに応募できます」ということが、求職者に分かる広告にしてくださいということが意図です。
 セールスマンというと、男だけのイメージに受け取られる。それは困りますよというだけで、応募してきたら女性を採りなさいということではない。ちゃんと人選をして、能力、意欲のない女性であれば、採用しなくてもいいわけです。企業の人事権を法律を作ることによって制約してしまうということでは決してない。「男性も女性も応募できるんですよ」ということが仕事を探している人に分かるように求人広告を出しなさいというだけの話です。
 アメリカでも性差別に関連して行政機関が、広告はこんなふうに変えなさいというマニュアルを出しています。一九六四年に作られた法律の後で、行政機関が事例を積み重ねていくなかでガイドラインを作っている。今回の指針は、そうしたことを参考にしたのではないかと思いますが、そのためにマスコミの取り上げ方が均等法の本質から離れてしまったのは残念なことです。

派遣のように女性の多い職種も均等法が求められる?

パートタイム労働人口 私の理解では、派遣やパートをめぐる問題と均等法の改正それ自体とを直接連動させて議論した経緯はないと思います。たまたま今、派遣やパートは事実上女性が多い。しかも、景気が後退していますから、補助的な仕事をしてきた女性正社員の採用をやめる企業が増え、それを補う形で派遣とパートが事実上女性の職域になっている。でも、それは派遣労働者に男性がなれないということではないし、パートを男性がやれないということではありません。ただ、事実上そこが女性労働者の職域として固定化され、しかもそういう労働は単純定型的なものが多かったので、労働条件がどうしても悪かった。その条件を変えていくことが女性労働の職域の拡大と労働条件の改善になるという意味と観点から、雇用における男女の均等な機会と待遇の平等に関連する問題ということができます。
 今回の改正は、女性のみ、男性のみの採用・雇用は原則的に雇用における男女の実質的平等という均等法の趣旨に反する。また、職域が女性ないし男性という特定の性のみに固定化されるということは、原則的に認めませんということです。ただ、均等法は改正後も女性労働者に対する差別のみを禁止するという性質は、仮に、ある男性が応募して男性であるがゆえに採用を拒否されたとしても、直ちにそれを均等法違反と言えるかというと、それは言えない。
 その意味で改正均等法は、いまだ欧米の法律におけるような純然たる性差別禁止法ではありません。性差別禁止法となると性には男性も女性も入りますから、仮に男性が自分が男性だということだけで採用を拒否されたのであれば、男性といえどもその法律に基づく救済が認められるでしょう。しかし、日本の改正均等法はいまだそのような意味での男女雇用平等法ではないのです。
 日本の憲法一四条の法の下の平等原則からいえば、男だから、女だからというのは合理性がない。それが法の建前です。ですから、法律上の平等理念の面からすれば改正均等法もまだやり残している部分はあります。

ポジティブアクションとセクハラの規定の意図は?

 先ほども言いましたように、今回の改正は男女の双方に適用されるという意味での性差別禁止法まで行かなかったのですが、昭和六十年に作られた当初の法律から見れば、新しい法を作ったと言ってもいい改正だと個人的には思っています。現行規定の改正にとどまらず現行法が持っていない部分も新たに付け足しました。セクシュアルハラスメントの防止のための事業主の配慮義務も、自主的ポジティブアクションの施策も新しい規定です。
 ポジティブアクションは、私どもがぜひ今回入れたいと話をしていたものです。ただ一般的にはまだなじみのない言葉ですから、それがどういう施策なのか、まだ十分に理解されていないところがあります。
 欧米の場合、すでにポジティブアクションはある程度義務づけされていますが、日本の場合には、まずは労使双方ともに理解をしていただかないといけないということで、一種の啓発をかねた国のバックアップ制度です。国の機関が情報提供や実施方法のお手伝いをしながら企業に認識をもってもらい、均等雇用を前向きに考えてもらうための根拠規定を置いたということです。
 労働省も二十一世紀職業財団と連動して、代表的な産業や企業にご協力をいただく形でやっていこうとしています。将来的には均等雇用に積極的に取り組んでいる企業をマスコミに取り上げてもらうとか、国が表彰するなどして、その効果的な実行を考えていかなければならないのではないかと思っています。企業も一生懸命努力した結果を記事にしてもらえたら大きな宣伝になりますから。
 男女均等雇用を目的としたポジティブアクションで、女性募集を行うこともできます。過去の経緯で男性だけが圧倒的についている仕事や部門がある。女性の職域の拡大を進めていくために、そこに例外的に女性を優遇する政策を採る。そのポジティブアクションの基準として、一方の性が四割以下という目安も作られました。しかし、企業がポジティブアクションとして女性のみを募集するとき、それがポジティブアクションであると対外的にどう証明するのかということは、必ずしも実際上も法律上も明確ではなく、若干判断の困難な問題を残していると思います。

改正均等法に伴い育児・介護休業法も改正されました

 通称タイトル・セブンと呼ばれているアメリカの均等法は、日本よりもはるかに強い義務づけをしてます。一般に企業が求人広告や会社案内のパンフレットなどを出すときも、広告の片隅に、私どもの会社は平等を進めていく会社です――イコール・エンプロイメント・カンパニーと銘打つことが求められます。私たちの会社は差別をしない、したときにはきちんと対応してくれる会社だということが、そういうところから出てくるわけです。
 日本の均等法はそこまで言っていませんが、これからの時代は逆にそういう育児・介護制度が充実しているとか、社内保育をやっていることが、いい人材を獲得する一つの宣伝にもなる。
 特に今回の法律は、育児休業、介護休業にしても男女平等でやっています。男性でも優秀な人材を採ろうとしたときには、企業のなかでそういう制度が充実していることを宣伝材料にした方がいいと思っています。
 カフェテリアプランという福利厚生施策がありますが、日本の企業でも、画一的な福利厚生制度ではなくてアメリカ型の世代のニーズに応じた制度を導入するところが増えています。ある程度高齢になってきたら介護、若い人たちには育児の援助というように、それぞれ同じ企業で働いていても、世代間でニーズが違います。そういうニーズに合わせた多様な福利厚生、フリンジベネフィットが考えられています。
 育児は、私は子供をつくらないで一生懸命仕事に頑張るという人もいるし、個人差がある。だから、女性のなかにも「こんな忙しいときに、育児のために休んで」という人はいるでしょう。育児休暇は、そういう点では世代間や男女間、さらには女性の間でも利害の衝突が結構ある問題です。しかし、介護はだれでも将来的にはかかわってくるから、男性が介護休暇を取りたいといっても理解が得やすい。育児休暇はまだまだ、男が取ろうとするときに心理的な制約があります。同じ法律のなかに組んである休業制度ですが、全然性格が違う部分があります。そのへんのところを柔軟に対応していかないと、せっかく器を作ったけれども機能しないということになると思います。
 介護・育児休業制度は、国によっても大きく違います。いわゆる高齢者の介護を目的に休業するというのは欧米の先進国でもほとんどありません。アメリカは高齢者が病気になってだれかの世話を受けるとなれば、メディカルケア、病気休業に入ります。ヨーロッパにあるのは、日本でいうと看取(みと)り休暇です。だから、純然たる意味の介護休業制度というのは私の知る限り欧米の先進国にはほとんどないのではないでしょうか。そういう点ではユニークな休業制度です。

均等法の精神は理解するが…、という意見もあります

 戦後、民法を改正したとき、新しい民法は醇風(じゅんぷう)美俗を崩すと議論されましたが、同じ議論が均等法の制定時でも言われました。女性が家庭を中心に生活関係を形成していく。その代わり、男性が外に働きに出て生計を立てる。これはいつの時代でも良好で健全な男女の役割分担なんだという考え方です。均等法はこれを変えてしまう、要するに伝統と文化を変えてしまうという議論がありました。日本でも、まだ儒教精神が残っていますし、そうした意識は長年にわたって人間の生活環境のなかで合理性をもちながら形成されてきたと思いますから、法律を作ったからといってなかなか変えられません。まして一方に、長期勤続と年功処遇という男性の労働力を中心とした企業慣行がありましたから、なかなか均等法が動いていかない。「理念としては分かるよ、でも……」という意識が強い理由はそこでしょうね。
 個人的意見ですが、日本は伝統的に良くも悪くも、「個」よりも「組織」の価値が優先され、また“お上が指導する国”でもありました。均等法をはじめ、ある意味では最近の労働関係の法律というのは行政指導法としての性質を色濃く持っています。その法律を監督する行政機関が、行政指導をとおしてその順守を図る。しかも、それがものすごく効果が出る国なんです。だから、法律がないよりはあった方がいい。昭和六十年の均等法の「法違反に対する制裁を置かなくても作った方がいい」という議論はそこからも言われたような面もあるかと思います。
 今回の改正均等法でも、審議会の場面では侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が、労働側と経営側の委員の間でありました。しかし、審議会の議論の場では、お互いの立場から法改正に反対の姿勢を大いに示していた経営側も、法律が改正されたら積極的に各種啓発の資料を出したり、例えばセクシュアルハラスメントの防止に関するガイドブックを出してベストセラーにもなっている。
 あの審議会のときの議論はなんだったんだと言いたくなりますけど、いい意味で、発想や視点の転換が欧米の経営者より早いと思います。
 欧米は、個人主義的な発想が非常に強い国々ですから、女性であろうが男性であろうが、私はしないけれどもあなたがする分には別に文句はない、文句があっても言わないというところがあります。
 アメリカで「女性はやっぱり結婚したら家庭に入った方がいい」と言ってしまったら、その人はその職場で性差別主義者のレッテルをはられたり、出世もあきらめなさいみたいな感覚があります。日本は「個人的な意見だから」といって、周りも何となく認めていくところがある。アメリカはちょっと極端ですが、周りが内心では思っていることを言わせない、いい意味でのプレッシャーがあります。だから、社内に「ちょっとそういうことは言えないね」という雰囲気を作っていくことが大事だと思います。習うより慣れろが差別是正の問題には一番だと思います。

均等法の精神は、日本の企業社会に定着しますか?

 最近問題になっているのは、職場でのプライバシーの問題です。
 日本は組織単位で企業活動をやってきたところがありますから、例えば配置転換をさせるときにも、この人には幼い子がいるから単身赴任は難しいとか、親の介護をしなければいけないからとか、いい意味で家族の状況まで見てくれる。逆にいうと、家族のプライベートな問題に企業が立ち入り過ぎて、プライバシーの侵害にまで行きかねないところもあるわけです。欧米は業務上の必要性に基づいて結構ドライにやっていく。それがかえって労働者のプライバシーを守っている部分がある。
 どちらがいいか分かりませんが、今後、企業や働く男女を取り巻く社会経済状況の急激な変化の下で、日本の企業社会にも個々人のプライバシーにかかわることについては関与していかない、あるいはむしろ関与すべきではないという発想が出てくるだろうと思います。人事管理も、個人の職務遂行能力を中心とした人事考課になってくる。年俸制をどんどん進めていったら、責任の度合いや主観的な要素で基準は立てられませんから、そのへんから変わっていくだろうと思います。今がその選択の時代ではないでしょうか。
 これまで女性だけでやってきた会社も、定款のなかにわが社は女だけでやっていくということが、もし仮に書いてあればその定款自体が均等法の募集採用の規定に違反します。就業規則の中に、今はないでしょうが男女別定年制が書いてあったら、それは均等法に違反します。定款であろうが就業規則であろうが労働協約であろうが、均等法は強行規定ですから、そういう規定に違反するものは無効になるわけです。定款の規定自体が無効です。だから形の上では、少なくとも男女双方が入れる道は開いておかなければいけない。 
 男女に募集をかけたが、たまたま結果として男性の方に能力のある人がいなくて、今回の採用は女性だけになった。これは採用の自由の問題ですから、均等法の問題ではありません。ただそのへんは見極めが難しい。求人広告には女性も排除しませんと出しながら、実は二十人のうち女性は一人か二人しか採らなかった。それは人選の結果と言われたときに、それは差別的な要素や判断で人選が行われたか、なかなか訴えていく方は証明しにくい。そういう問題は残るんです。でも、それはどんなに法律を変えても残ります。男女の数合わせをしない限りは残るでしょう。
 しかし、自由な市場原理を原則とする経済社会の法律のなかでは、そこまで規制は及ぼせない。男女五人ずつ採りなさいということは、法律的には原則的に言えません。同じチャンスを与えなさいというところまでです。同じチャンスを持っている人から、どのような形で企業が採用するか、それは企業の採用の自由の一環、契約の自由の一つです。
 だから、今までどおり男性中心で実質的にはやっていこうという企業も依然として残るかもしれないけれども、恐らくそうした企業は成功をおさめられないほど時代の流れは大きく変わっていくだろうと思います。


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