特集 1998.10/vol.7

顧客との関係づくり
企業と顧客との新たな関係性の始まり メディア・プロデューサー 森俊範
1949年、岡山生まれ。協和広告制作部を経て80年、広告制作プロダクション『BRIDIE』を設立。87年、「企業を消費者」のコミュニケーションのあり方を提案・プロデュースする(株)ヒューマンインターフェイスを設立、同社代表取締役社長を経て、現在、メディア・プロデューサー。国際大学ワン・トゥ・ワン・マーケティング協議会運営委員。
 
ワン・トゥ・ワンに対する誤解

 日本にワン・トゥ・ワン・マーケティングが紹介され三年がたとうとしている。ダイヤモンド社から『One to One マーケティング』ドン・ペパーズ、マーサ・ロジャーズ共著、井関利明監訳、(株)ベルシステム24訳で単行本が発刊されたのが九五年三月であった。すでに日本においてもワン・トゥ・ワンという言葉は、予想を超えて浸透している。大手のエレクトロニクス・メーカーの新聞広告のキャッチフレーズにもたびたび現れ、また電子商取引の時代を論じる講演会などでもこの言葉は頻繁に使われるようになった。しかしこの新しいマーケティング理論は誤解されやすいことも事実であることが分かってきた。
 私は幸運にも著者の一人であるドン・ペパーズ氏の初来日講演の場で、日本型ワン・トゥ・ワン・マーケティングを紹介させていただく機会を得た。その年の五月、経団連ホールでペパーズ氏とワン・トゥ・ワン・マーケティングの可能性を論じたのである。折しも日本は、経済の低成長を余儀なくされ、新しいマーケティングへの待望論が少なからずあった。これまでのマス生産、マス流通、マス・メディアの行き詰まり感が強く支配していたためである。その講演の反響は少なくなかった。そのなかで私がふと不安に思ったことは、このワン・トゥ・ワン・マーケティングがすでに現実のマーケティングとして確立されたものとして多くの読者や参加者が受けとめていた点である。
 ペパーズとロジャース両氏の著書の原題は「One to One Future」である。原書では「ワン・トゥ・ワンの未来」が、日本では「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」と訳されすでに存在するマーケティング手法として理解されてしまったのである。日本のワン・トゥ・ワン論争で、しばしば引き起こされる問題は、マス・マーケティングの理論や手法に上乗せをしてワン・トゥ・ワンが語られる点であった。
 実際に論争が始まった。マス・マーケティングの手法のひとつであるマス・コミュニケーションの効果とワン・トゥ・ワンを比較するもののほか論争のポイントは、以下に述べるようなものもあった。
 マス・マーケティングを展開している企業が顧客対話のコストを試算し、ワン・トゥ・ワン・マーケティングは企業にとって非効率であり仮に五十万人の顧客と現実に双方向の対話をすることなど不可能である、と結論づけられたりもした。これもマス・マーケティングを展開している企業に顧客対話を持ち込み実践しようとする誤解から生じたものである。
 さらなる誤解が続く。企業の担当者のなかには、すで五年も前からデータベースを使って顧客管理し、しかも日常の営業活動では顧客とフェース・トゥ・フェースで接している、という理由から、我が社はワン・トゥ・ワン・マーケティングをすでに実践している、と結論づける担当者も現れる。
 これらは、すべてワン・トゥ・ワン・マーケティングの一部理論をクローズアップし、マス・マーケティングの観点からワン・トゥ・ワン・マーケティングを見ているに過ぎないのである。これらの論争はすべて誤った解釈から生じたものである。

理論誕生の背景

 私はワン・トゥ・ワン・マーケティングを、マーケティングのパラダイムシフトであるととらえている。情報技術を駆使する二十一世紀のマーケティングなのだ。これまでのマス・マーケティングとは異なる点が多々ある。その誕生の背景を語ると次のようになる。

(1)データベース、インターネット、ネットワークなど、最先端の情報技術であるIT(インフォメーション・テクノロジー)を活用して実践する新しいマーケティング理論である。また双方向メディアを使い、顧客とのコミュニケーションを実現する。

(2)最初に顧客ありき。メーカー主導型ではなく、顧客主導型のマーケティングである。顧客との新しい関係づくりを目指し顧客との対話によるリレーションシップを重視する。また生涯顧客の育成など、永続的なリレーションシップにより顧客をつなぎ止めることを提唱している。

(3)顧客とのリレーションシップは、カスタマイズに反映される。顧客が求める個別のニーズを的確に把握し企業はそれにこたえる努力をしなければならない。カスタマイズは一人ひとりの顧客のオーダーに応じて商品やサービスの個別対応の実現を求めている。

 言うまでもなく、これまでのマス・マーケティングは、メーカー主導型であった。それに対して、ワン・トゥ・ワンは顧客主導型のマーケティングである。すべては顧客発の情報から物がつくられたり新たなサービスが提供されたりするのである。このように書くと反論も出ることだろう。マス・マーケティングにおいても顧客ニーズを発見することに努力している。一連の調査に裏付けられたデータをもとに新製品の開発や価値の高いサービスを提供することに心血を注ぎ込んでいるのだと。しかし、これもやはり誤りなのである。
 ワン・トゥ・ワンでは、顧客発の情報から一人ひとりの顧客の求める商品を開発する。企業組織そのものが顧客主導型なのである。一人ひとりの顧客の声を聴く体制や組織がなければならない。ワン・トゥ・ワンを実践するためには、顧客マネジャーや顧客対話の人員を育成する必要があり、すべては顧客の声から個々にカスタマイズされた物やサービスが生まれるのである。つまりワン・トゥ・ワン企業組織であり、ワン・トゥ・ワン企業革命なのである。そこに現れてくるのは「顧客から個客へ」というコンセプトである。ワン・トゥ・ワンはインディビジュアルなマーケティングである。個客対応を迫っているのだ。最初から物があり、それをマス広告に依存して売りさばくことでは決してない。
 ここで読者に質問がある。あなたの企業は顧客の要望を聞いてから生産を開始し、個々の顧客の求める物を生産し配送できますか? また、あなたの企業は、一人ひとりの顧客の情報をインバウンドする組織が最も重視される組織になっていますか? あなたの企業は、一人ひとりの顧客について、そのライフスタイルや嗜好(しこう)、購買パターンや求めるサービスについてきめ細かく把握していますか? さらには、個々の顧客を知ったうえで、その要求にこたえて満足度の高い個別の対応をしていますか? などである。
 ワン・トゥ・ワンは顧客のリレーションシップに始まり、リレーションシップを永続することを求めている。企業にとっては顧客との関係性の転換である。企業は今、工業社会の発想から情報社会の発想に転換できるかどうかをワン・トゥ・ワンの出現によって問われているのである。

ワン・トゥ・ワン企業革命

 企業と顧客のこれまでの関係は、作る側と買う側に明確に分離していた。そして、それはどちらかと言えば企業主導型であり、企業の論理を消費者に押しつけるものであった。事実、市場ではメーカー主導でつくられた物がヒットしたり、しなかったりする。まったく売れなくて市場から姿を消し、大量の在庫を廃棄処分することもある。顧客の声から始まるマーケティングは、まったく逆の発想である。ワン・トゥ・ワンでは、大量の在庫を抱えて頭を抱えることはない。企業と顧客の関係性は、ワン・トゥ・ワンを導入することによりまったく違ったものになる。
 なぜ、ワン・トゥ・ワンのようなマーケティングが浮上してきたのか?  それは、工業社会型の発想との決別である。「今日の企業の変革は、情報システムの変革と同意義である」と言うことができる。ワン・トゥ・ワンは、先端のデータベース技術やネットワーク技術を活用し、情報技術に支えられたマーケティングである。また、インターネットなどの双方向メディアを活用し顧客対話を実現するのである。図に見られるように、情報革命によってマス・マーケティングからワン・トゥ・ワン・マーケティングへと流れは変わっていくのである。企業の革新は、情報システムの革新を意味する。マーケティングの世界にも情報革命がやってきたのである。
 今、アメリカでは B to O (ビルド・トゥ・オーダー)という言葉が流行になっている。流通や顧客の先端の情報をもとに企業はスピーディーに対応せよ、ということだ。それに伴い、経営者にとってSCM(サプライチェーン・マネジメント)が必須の課題となりつつある。
 SCMとは、原料の調達から製造、物流、販売などを通じて、消費者に届くまでの一連の過程である。これは製造業、流通業、物流業、金融業など産業界すべてを巻き込む情報技術による企業革命である。これを推進することによって、製造業は部品の調達の多様化、分業化の促進、流通との連係の強化などが実現できる。これらの一連のプロセスはすべてが顧客発である。もはや、物をつくってから販売方法を考える時代は終わった。B to Oの時代に世界の流れは変わりつつあるのだ。企業があって顧客があるのではなく、顧客があって企業が個別の対応を行うことにより存続できるのである。ワン・トゥ・ワンはその時代の変化を確実に受け止めているマーケティングなのである。
 日本は現在、こうした企業のビジネス・プロセスの革新においてはかなりの遅れをとっている。金融問題も重要ではあるが、日本における二十一世紀の企業ビジョンにおいてこうした先端の情報技術を生かした企業経営にもっと目を向けなければならない時期がやってきている。
 ワン・トゥ・ワンは、情報技術の発達が生みの親であり、これを生かして新たな企業を創造することに最大の意味があると考えられる。企業の抜本的な革新なくしては推進できないマーケティングである。また、もう一方の観点からすると第二の産業革命というべき側面もある。これから伸びると期待されている電子商取引、つまりEC(エレクトロニック・コマース)の推進エンジンでもあるのだ。

図1

現れ始めた新たなビジネス・モデル

 ワン・トゥ・ワンを具現化する新たなビジネス・モデルを紹介したい。ひとつはDELLコンピューターの事例。そして、もうひとつはCUCインターナショナル。いずれの例もアメリカであるが、これまでにない新たなビジネスであり大変に注目されている。
 まず、 アメリカのDELLコンピューターはコンピューターをカスタマイズすることで有名な企業である。独自のダイレクト・マーケティングを実施し世界第三位のコンピューターメーカーの座についている。同社では、これまで法人や個人向けに電話やファクシミリを使って直接受注する販売方式をとっていた。インターネットが商用化されるにつれて同社のホームページによる受注に力を注いだ。その結果すでに顧客の約四〇%がホームページによる売り上げとなっている。
 顧客は機種を決定し、ハードやソフトについても細かくオーダーをする。同社の工場はマレーシアにあり、SCMによるスピーディーな資材調達から生産までの一貫した情報システムを構築している。工場で完成したコンピューターは、フェデックスによる物流システムによりアメリカや日本に配送される。生産から物流までが市場の動向にあわせてリアルタイムに行動する企業の出現である。同社のインターネットによる一日の受注額は百万ドル、また日本法人の売り上げも五千万円を突破している。顧客のニーズがそのまま製品に反映されるワン・トゥ・ワン企業である。アメリカでは「プレミアページ」という顧客サービスがあり、主に法人企業とのリレーションシップのために専用のホームページを開設し、よりきめ細かい個別の対応に努力を重ねている。今後も大いに期待できる新たなワン・トゥ・ワンのビジネスを展開している。
 さて、もうひとつの事例を続けて紹介したい。米国でCUCインターナショナル(CUC International)という通販企業が急成長し話題になっている。インターネットのホームページを利用し、ワン・トゥ・ワンで顧客にオーダーさせる仕組みを作っている。顧客はCUCのデータベースからインターネットを利用して欲しい商品を検索できる。
 従来の通販企業は、印刷されたカタログを顧客に郵送し販売を促進してきた。七千種類ものカタログが毎年生まれているという。ここ数年、こうしたカタログ通販会社は売り上げが伸びていない。理由は、印刷コストと郵送費の値上がりである。
 CUCのユニークな点は、インターネットを利用しオンラインによる通販を実現したことにある。いまはやりの言葉を使えばコンテンツ・ビジネスである。現在の会員数は四千万人。この数字は、米国のインターネット利用者の数に匹敵する。顧客は、一般の消費者である。顧客は四十九ドルの年会費を支払い会員となる。
 もうひとつCUCの特徴は、他のインターネットによるECと同様に在庫を一切持たないことである。それぞれの商品を生産するメーカーと提携しているのである。彼らはこれをマーケティング・アライアンスと呼んでいる。提携している企業は、五百社にも及ぶ。扱っている商品アイテムは千七百ブランド、商品点数にして二十五万もの商品を扱っているのである。顧客からのオーダーがあると、注文の内容が各メーカーにネットワークを介して伝達される。そしてメーカーの工場から直接顧客の自宅に商品が届けられる。中間の流通は一切ない、直販のシステムである。それによって顧客に大きなメリットがもたらされる。それは超価格の実現だ。もしもCUCで買った価格よりも安く売っている商品があれば、会員の知らせによりその差額を返還するサービスを行っている。したがって扱っているほとんどの商品が格安の価格で提供されている。 
  CUCのワン・トゥ・ワン戦略は会員獲得のプロモーションから始まる。ホームページを使って会員を募集する。わずか一ドルで三か月間だけ会員になることができるキャンペーンの展開である。一ドルの引き落としにはクレジットカードが使われる。このキャンペーンを契機にして顧客との対話が始まるのである。
 こうして顧客データベースに登録されると、個々の顧客に電子メールでメッセージが配信されるようになる。ネットワークを活用する新しいワン・トゥ・ワンのビジネス・モデルのひとつである。

デジタル時代の広告と新聞

インターネット マスメディアにおけるワン・ウエー・コミュニケーションの時代が長く続いた。しかし、これからはインタラクティブが広告コミュニケーションの新しいコンセプトになる。双方向コミュニケーションが情報社会のコミュニケーションの姿なのだ。
 起こりうる未来を語れば、メディアの中心が、マスメディアからパーソナルメディアに将来的にはシフトする。広告もまたワン・トゥ・ワンの時代を迎えることになる。マスメディアにおけるワン・ウエー・コミュニケーションから、電子メディアを核とした双方向のコミュニケーションの時代が訪れる。つまり、電子メディアの出現によって広告はパーソナライズされるのである。
 インターネットの出現によって新聞広告にもホームページのアドレスであるURLが頻繁に顔を現すようになった。インターネットの利用者はそのURLを頼りにより詳細な情報を探すためにアクセスするようになった。 
 アメリカのIBMの新聞広告は、キャッチフレーズと同サイズで大きくURLを紹介している。つまり新聞広告は詳細情報を知りたい読者のために道を開くガイド役を務めることになる。紙面という物理的な制約から解き放たれて情報が電子空間に浮遊する。読者はアクセスという能動的な情報接触により、電子空間で自由に情報を求めるのである。インターネットと新聞広告は積極的な連携をする時代がまもなくやってくる。
 新聞の歴史は、ラジオ、テレビといった新しいメディアと共存してきたのである。新聞のもつ情報の一覧性と同報性はインターネットとの共生においてその力を発揮するだろう。新聞広告のひとつの道は、広告によるURLのインデックスによって新たな魅力を付加することが出来そうである。
 現在の企業のホームページは、単調な企業案内や商品カタログというものが圧倒的に多い。これまでのメディアと同様に、情報の発信に目が向けられているのである。これはある意味で間違いである。インターネットはパーソナルなメディアである。情報の発信から、受信への転換である。つまり、情報のインバウンドができるという点で他のメディアの特性とは性格が大いに異なるのである。このメディアの相違点に気づき活用することこそ大切なのである。企業はインターネットを情報受信のためのメディアとして活用すべきである。そこから、ワン・トゥ・ワンのような双方向コミュニケーションの道を切り開くことができるのである。その意味で、今後の企業のインターネットの活用を見守りたい。

今後の課題はどこにあるのか?

 ワン・トゥ・ワンを目指す企業は新しい組織や生産プロセスを革新しなければならない。マス・マーケティングの延長線にワン・トゥ・ワンはなじまないのである。つまり、その実践には顧客主導型の企業組織が必要であり、SCMやインターネットなどの情報投資も必要となる。顧客の声からカスタマイズを実現できる生産プロセスの改革もいる。さらには顧客マネジャーの育成や顧客対話のための人材も必要であり、リレーションシップのノウハウも獲得しなければならない。例えば、電子メールを使った顧客との対話などのノウハウも重要である。
 日本の例であるが、ワン・トゥ・ワンを学んだある若手社員が、工場長に同社のカスタマイズの可能性を尋ねたところ、自社の生産ラインではワン・トゥ・ワンの導入はまったく不可能であることを思い知った。古い皮袋に、新しい酒を注ぐことはできない、このことわざ通りワン・トゥ・ワンを目指すにはまったく新しい組織や人材が必要となる。これらを重ね合わせるとワン・トゥ・ワン企業になるためには新会社を興し、そこからスタートさせる道が最も早いと考えられる。
 ここまでワン・トゥ・ワンをはじめとする新たな企業の顧客との関係性の始まりについて述べてきた。では、マス・マーケティングは消滅してしまうのか? 私はそうは思っていない。今後においても商品によっては、量産による価格メリットで消費者に支持される企業は数多く生き残ることができるだろう。二十一世紀になってもマス・マーケティング企業は存続する。しかし、これからも企業の情報化はさらに進展していくであろう。その過程のなかで、顧客発の情報から物づくりのあり方を変えていくことになる企業も多く現れるだろう。

[→7つのキーワードで理解するワン・トゥ・ワン・マーケティング



(→顧客との対話から得るものへ
もどる