特集 1998.9/vol.6

変わる流通業と消費者  流通業はいま、かつてない経営環境の変化に直面している。流通システムと消費者意識という二つの大きな時代の変化への対応を求められるなかで、消費者との接点である流通業は、どう変わろうとしているのか。見えにくくなった消費者意識を、どうとらえたらよいのか。流通業の変革の方向と消費者のいまを探る。
流通業の革新ー市場のパラダイムは買い手の時代にー オフィス2020代表 緒方知行
1962年早稲田大学卒業。64年商業界入社。79年商業界取締役。81年編集局長、『商業界』誌の編集長を兼任。83年(株)オフィス2020設立。翌年月刊誌『2020AIM』創刊。一貫して商業・流通分野の第一線ジャーナリストとして活躍している。
 
 六月中旬、米国ウィスコンシン州で日米の流通企業トップによる合同シンポジウムが行われた。これにはダイエー中内功会長、イトーヨーカ堂伊藤雅俊名誉会長、ジャスコ岡田卓也会長の三人が日本側を代表して参加した。言うまでもなく、この三人は戦後から今日まで日本の流通革新を先駆けてきた指導者たちである。
 この時、このシンポジウムの総合的な進行役を務められた流通経済研究所所長の田島義博学習院大学教授から提起されたテーマは「工業化社会の流通システムの終焉(しゅうえん)と情報化社会の流通システムへの転換」というものであった。これは明らかに古い流通システムから新しい流通システムへのパラダイムの転換を念頭に置いての課題提起であったが、このテーマに対して日本側の代表である中内、伊藤、岡田の三氏ともそれを全面的に受け入れた上で、今訪れている巨大な時代の変化に対しての厳しい問題意識を表明した。

主役交代の時代到来

街01 特に岡田氏は、「我々は戦後の焼け野原から立ち上がって今日まで流通の発展と成長を実現してきたが、それは工業化社会の流通システムであった。しかし、この工業化社会の流通システムは終焉の時を迎えた。これに変わって、変化する時代の要請に則した新しい流通システムが構築されなければならない。しかし、これを行うのはもはや我々ではない。その意味では新しい変革の担い手が続々と登場してこなければならないし、現実に既にそのような萌芽は数多く見られ、まさに新旧主役交代の時代である。このような時にあって、もし私にできることがあるとするなら、それは自身が作り上げてきた古い工業化社会の流通システムを自らぶち壊すことである。残された人生を私はそのために全力投球したい。破壊の上にしか新しいものの創造はできないと考えるからである」と厳しい時代認識を示していた。

創造のための破壊を

 建物に例えるなら、増築や改築、修繕程度ではもはや対応できない未曾有(みぞう)のドラスティックな時代の変化が日本の産業経済・社会に訪れている。流通・商業界においてもその深刻さは言をまたない。まったく新しい建物に造り替えなければならないわけであるが、そのためには前の建物を壊して更地にしなければならない。過去の成功体験、経験、古い常識や通念、固定観念や既成概念、過去の習慣や方法論、仕組みや体制、システムは新しいものの創造の邪魔になる。
 また、このような古い体制の桎梏(しっこく)を断ち切り、ぶち壊すには新しいものを作り上げる以上のエネルギーを必要とする。だからこそ、岡田氏は残された人生の時間とエネルギーを投入してこの創造のための破壊を行おうというのであり、それこそが自身に課せられた責任だという認識に立つのである。

買い手市場への転換

街02 「過去の経験を破壊せよ、昨日の続きを断て」。一九八一年度中間決算の減益を契機に今日にいたるエンドレスの企業改革にグループを挙げて突入させ、不退転でこれを徹底的に実践しつつあるイトーヨーカ堂グループのニューリーダー鈴木敏文氏(イトーヨーカ堂社長・セブン-イレブン・ジャパン会長)は、過去の経験がまったく通用しない時代の変化の本質を「売り手市場の時代から買い手市場の時代への転換である」と訴えている。
 いってみれば、有史以来続いてきた常に需要が供給を上回り続けるという物的未充足状況のなかで日常化していた売り手市場の状況が、高度工業化社会の成熟によって一変してしまった。単に物材だけでなく、サービスや近代的商業施設においても慢性的に供給過剰の状況が一般化し、市場のパラダイムは買い手市場の時代にまったく変わってしまった。このような状況下において、売り手市場時代の生産の論理、供給の論理、産業活動、ビジネス活動がそのままで通用するはずがない。
 買い手が厳しい価値の選択権を行使し始めた市場の新しいパラダイムに対応して、従来までの生産・デリバリー・販売の体制は根こそぎ作り替えなければならない。それは市場の論理、買い手の論理、お客の論理、生活者の論理、市民社会の論理、人間社会の論理によった新しい生産・流通システムの構築、再創造、新創造の必要を訴えるものである。

天動説から地動説へ

 日米流通シンポジウムで提起された工業化社会の流通システムの終焉と、それに代わる新しい流通システムの創造・開発という課題は、言葉を変えれば売り手市場時代の“天動説原理”によった仕組み・体制から“地動説原理”によったシステムへの百八十度のパラダイム転換の必要を言っているのである。
 いうまでもなく天動説とは自らを中心とした宇宙観であり、生産・流通を含めたビジネスに関して言えば生産者・供給者・売り手がその判断・行動のベースを、自分自身の利害・損得――それをやることは自分にとって損か得か、効率や生産性はどうか、人手やコストや手間がかからないか、それまでの仕組み・体制を変えずにすむか、等々に置くということである。
 これに対して地動説とは市場を中心にして自らもそれをめぐって動いているという世界観である。そのベースとなるものはお客にとってそれは価値なのか満足なのか、お値打ちなのかという生活基点からの発想によったビジネス活動であるということができる。 

変化をチャンスに

街03 今、厳しい経済環境、出口なき閉塞(へいそく)状況のなかで、多くの店や企業はあえいでいる。しかしこうしたなかでも確実に業績を伸ばし続けている店・企業も数多く存在する。この“個別企業・店間の明暗格差、優劣格差”は、どのようなスタンスに立った商い・経営活動であるかによって生じてくるものである。
 あえていえば、もはや天動説原理によった生産活動やデリバリー・販売活動に対して市場は価値を認めず、買い手・お客は満足やお値打ちとして受容しなくなったにもかかわらず、依然として従来的な生産の論理、売り手の論理、供給の論理によったビジネス活動を続けようとしているところに出口のない不況状況が現出していると言っていい。
 逆に、この一般的に厳しいといわれる状況のなかで業績を伸ばし続けている店や企業の多くは、この変化をチャンスにして地動説原理によった商いや経営を実践しているからにほかならない。

基本は「お客様の立場」

 鈴木敏文氏は、「『すべてお客様の立場で』というビジネスにおける不易の原理=基本にどこまで徹底できるか、これによって店や企業の業績は大きく差がついてくる。それが今日の買い手市場の時代である」といっているが、まさにその言葉どおりの状況が流通・商業の世界で現実に顕著になってきている。
 買い手市場状況とは、いうまでもなく買い手である顧客が厳しい価値の選択と決定を行うということである。この状況が進めば進むほど買い手による価値の評価は厳しく鋭くなってくる。作り手や売り手の一方的な押しつけ、あるいはありきたりなものを受容してくれる度合いはどんどん低くなる。
 顧客はますますディマンディング(要求過剰)になっていく。その求める満足と価値とお値打ちというハードルの高さに対して、売り手・供給者側が自らを変え新たにしてこれにこたえていくことができなければ市場の要求の変化にはこたえられなくなり、価値として受容されない存在になる。昨日繁盛店、今日ぺんぺん草――変化に対してはいかなる過去の強者・覇者といえども昨日の成功、今日の成功は明日を保証しないという状況が生まれてくることになる。

顧客ベースで見直す

街04 ビッグストア、百貨店あるいは専門店チェーンの厳しい業績不振は、それを実証したものである。中小商業の店舗数の激減や全国の商店街の衰退状況も、これと根っこを共通にするものである。すべては変化対応力の喪失である。売り手市場から買い手市場にという市場のパラダイムの変化、それをベースにした天動説から地動説へというビジネス原理の転換、これらが流通を大きく二十一世紀へと向かって変貌(へんぼう)させつつある。この状況に拍車をかけているのが流通・商業界における規制緩和、規制撤廃への大きな動き、ボーダーレス化社会への新しい潮流である。
 流通業界でさかんにいわれ始めた本格競争時代の到来、それは買い手市場化をさらに促進させる。買い手・顧客はさらにディマンディングになる。生活基点・顧客ベースからすべての見直しと作り替えが進められなければならない。それは流通業の一企業という狭い範囲のみにとどまるものではない。生産・デリバリーを含めて川上・川中・川下トータルな視座から見直しと作り替えが必要とされている。これが新しい流通システムへの転換、そして創造である。

妥協なき取り組みを

 今、メーカー、卸、小売り、
さらには物材、非物材、そして店舗販売、無店舗販売といった従来までの分類区分やビジネス区分を超えた生活基点からの新しい仕組み・体制の組み替え、作り替えが、いっせいに始まろうとしている。
 いわくネットワーク化の時代、戦略的パートナーシップ(同盟)の時代、あるいは“業連”の時代等々といわれる状況がそれである。あるいはまた、コンシューマーマーケティングからカスタマーマーケティングへ、カスタマーサティスファクションを超え、さらにはカスタマーインティマシーまでがいわれ、データベースマーケティングやカスタマー・リレーションシップ・マーケティング、サプライチェーンマネジメントやECR(Efficient Consumer Response)が大いにビジネス界の関心を呼んでいるのも、いうまでもなくここに大きな時代の変化が存在するからにほかならない。
 どこまで店や企業がこの大きな時代のパラダイム変化に対してシビアな認識を持って相対することができるのか、どこまでビジネスの原理の転換に対して徹底的な踏み込みを行うことができるのか。この命題への真っ向からの妥協のない取り組みこそが二十一世紀への成否を決するものになることは言をまたないであろう。

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