特集 1998.4/vol.1

ニューシルバーの兆し
 福祉・介護が中心だったシルバー市場に、変化が起きている。旅行を楽しみ、パソコン通信で交遊関係を広げ、オープンカレッジに通う。今までの高齢者のイメージとは違う「ニューシルバー」が登場しつつある。団塊の世代も50代を迎え、戦後の消費社会の中で育った人々が、いよいよ新しいシルバー市場を形成しようとしている。
団塊世代の父が語るこれからのシルバー
 石津謙介氏は、一九一一(明治四十四)年生まれ。八十六歳。五一年にヴァン・ヂャケット社を創業し、アイビー・スタイルを日本に紹介。六〇年代・七〇年代の若者たちのライフスタイルに大きな影響を与えた。いわば「団塊世代の父」である。
 そのVAN世代がいま、シルバーエージを迎えようとしている。そこで、アイビーの価値観を切り口に、シルバー向けマーケットを考えていくヒントをとらえたいと考えた。

ファッションとは誇りの持てる着こなしのこと

 これからのファッションビジネスに、どんなマーケティングが必要かとよく聞かれる。しかし、僕は昔から、いわゆるセオリー通りのマーケティング発想というものをしてこなかった。まして、いまや日本人をとりまく環境や価値観が根底から変わった。ここ数年の変化は明治維新に匹敵するものだ。だからいままでのマーケティング理論も、僕がやってきたことも、役に立たないと考えた方がいい。
 かつて僕は、「ファッションなんて詐欺だ」と発言して、物議をかもしたことがある。ファッションとは流行だという誤解があったころで、「これが今年のファッションだ」なんて言い方をされていた。まぁ、いまだにその風潮はある。
 だけど、神様でもあるまいし、そんな確証もないことをなぜ言えるんだ。そうではない。ファッションとはライフスタイルそのもの。自分の生き方に照らし合わせて、自分が誇りを持てる服を着ることなんだ。チャーミングだ、シャープだ、セクシーだ、なんていう次元ではない。流行を追いかけて、みんなと同じ格好をしたり、まねをしたりすることとはまったく正反対のものなんだ。
 では、自分が誇りを持って着られる服とは何だろう。それは個人によって様々に違う。違うのだけれども、基準はある。それは歴史や思想を持っていることで、その代表的な例がイギリスのトラディショナルであり、アメリカのアイビーだ。そこで五〇年代から六〇年代の当時の若者への一つの提案として、アイビー・リーガーの服を紹介した。同時に、TPO(Time, Place, Occassion)というファッションの基本的なルールも紹介した。

アイビーの本質はどこにあったか

 アイビー・ファッションは、イギリスから新天地アメリカにわたった移民の子孫が、長い間の労働や暮らしの中で作りだしたものだ。そこにはアメリカ建国を担うプライドと合理的精神が生きている。そして何よりも、僕自身が着たい服でもあった。
 そこで一九五七年に、アイビー・ファッションとして「VAN」を発表したのだが、その反響はすさまじかった。「学生服をアイビー・ファッションに変えさせた」と言われ、「ファッションが風俗になった」とも言われた。商品は売れに売れ、倉庫はいつもカラッポだった。
 だけど僕は当時から、アイビー・ファッションやTPOの考え方が日本に根付くには、五十年はかかると思っていた。そのくらいファッションというのは、奥が深い。欧米で数百年の歴史があるものを形として取り入れるだけでなく、その精神まで根付かせようとしたら、長い時間がかかるのは当たり前だ。
 そしていま、四十年がたった。アイビーを着てくれた世代もシルバーになるわけで、その意味では、高齢者のファッションを見直すのに、ちょうどいい時期に来ているのかもしれない。

例えば僕が履いている靴を参考にして欲しい

石津氏01 そこで、これからのシルバー・ファッションという話になるが、それをマーケティング的にとらえることは、冒頭にも言ったように、僕には荷が重い。ただし、ヒントはある。例えば、僕がいま履いている靴だ。
 この靴の形は、いわゆる欧米で赤ちゃんに最初に履かせる「誕生靴」に似ている。つま先の部分が異様なほどに幅広い。いままでの基準からすると不格好だ。でも、実際に履くと、これがラクなんだ。五本の足指が開いた状態になり、開放感がある。加えて靴底が柔らかく甲の部分がしっかりしているから、いつでも足にフィットする。あんまりいいんで、身近なご婦人方にも薦めたところ、外反母趾(がいはんぼし)に悩んでいる人にもたいそう喜ばれた。
 僕がいまシルバー向けに靴を作るとしたら、この靴なんかがアイテムになる。つまり、まず自分が納得できるものを作り、売る。そして、「これが格好いいんだ」ということを堂々と提案する。見た目だけじゃなく、体にいいものを選んで履くのもファッションの重要な要素だ、と提案する。少なくともアイビーで育った新しいシルバーなら、それを受け入れる価値観を持っているものと思う。

 石津氏が育て上げたヴァン・ヂャケット社は、オイルショック後の不況の波をもろにかぶり、一九七八年に倒産した。負債総額は約四百億円。アパレル企業としては史上最高だった。しかし、その後の活躍はめざましく、公共団体や企業のユニホーム・プロデュースを数々手がけるかたわらで、講演・執筆・テレビ出演など、アクティブに活動を続けてきた。
 「僕にはマーケティングはわからない」と謙遜(けんそん)するが、近年「フライデー・カジュアル」という秀逸な提案で、中高年層を取り込んだ新しいファッション市場を開拓したのも同氏である。


新しい価値観の提供で市場を開く

三年ほど前に提案した「フライデー・カジュアル」は、仕事にも普段の暮らしにも着られる服を開発し、普及させたいという紳士服メーカーの意欲から端を発したものだ。ひらたく言えば「中年サラリーマンも週末くらいは気楽な格好で……」ということだが、それを実現させるには、まず会社の意識を変えなければならないと、僕は考えた。<BR>
 そこで、お堅い職場の代表である役所にアプローチして、まずそこを切り崩した。このことが一般の企業への波及にとても効果的だった。このように、新しい価値観を提案することで開ける市場は、ファッションにせよ、その他の商品にせよ、まだまだあるに違いない。シルバー層を掘り起こす余地は十分にあると思う。

僕の人生は「四毛作目」現役の日々はさらに続く

石津氏02 僕は、人生で三度無一文になっている。一度目は、戦争(日支事変)による物資の統制で家業の紙問屋が駄目になった時。二度目は、敗戦で中国から引き揚げてきた時。そして三度目は、VANの倒産の時だ。人生の節目でいつもゼロからのスタートとなった。そう考えてくると、僕はいま、四度目の人生を歩いていることになる。農作物にたとえれば、四毛作に入っているわけだ。ようやくここにたどり着いたな、という感慨がある。
 この四毛作目の時期は、これまでの中で、いちばんのんきで、楽しい。昔風に数えれば、今年で米寿を迎えるわけだが、ありがたいことに健康で、いまでも現役でやれる日々を世間がつくってくれた。僕はいま、やりたい仕事だけをして、妻と二人食っていければそれでよいと思っている。
 こんな僕は、高齢化社会に元気で生きている格好のモデルとでも思われているのだろう。近ごろよく、「長生きの秘訣(ひけつ)」といったテーマの講演を依頼される。そんな時、僕は難しいことは言わない。「男は女を、女は男を死ぬまで忘れてはいけない」といったことや、「おいしいものを食べ、言いたいことを言い、ストレスを残さない」といった、日々の雑感をそのまま話すだけだ。
 おいしいものを食べるということは、とても大切だ。料理をするのも好きで、いまも毎週日曜日の食卓は僕の料理で飾る。妻が「あれが食べたい」と言えば、「ヨシッ」と喜んでこたえる。物を創造する喜びは、ファッションも料理も同じ。「食べることはファッションである」というのが、僕の昔からの持論だ。


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