adv.yomiuri 読売新聞広告局ポータルサイト

マーケボン

〈最終回〉 仕事がつらい

『〆切本』 (左右社)

平塚元明 マーケティングプランナー

数年前、人間ドックの検査結果表を見て苦笑したことがあった。数値がずらりと印刷された大判の用紙、幸いにして深刻な所見は見当たらず、ほっと一安心。あれ、ちょっとまてよ、なんだこれ。「診察」の欄に目がとまる。医師と対面で行う簡易な問診があってその要約を記すところ、そこにポツンと「仕事がつらい」の文字。

「ずいぶん不規則な生活ですねぇ」と事前記入の問診票を見て若い医師。同業の大半は同じようなことを言われているだろう。医者に褒められるような生活をしている人を多く見かける業界ではない。そうですね、〆切(しめきり)が近づくと大変で、どうしても深夜、場合によっては明け方まで仕事をしてしまいます、さすがに若い頃のように徹夜するのは厳しくなりましたが……というような話をした。

そうしたら「仕事がつらい」になった。あの、すみません、そんなこと一言も言ってないです(笑)。仕事は「大変」ではあるけれど「楽しい」ですよ、という感じで喋(しゃべ)ったつもりだったのだが、よほど冴(さ)えない寝ぼけっ面をしていたに違いない。きっと「つらい」のだろうと勝手に気の毒がってくれたのだな、と冒頭の苦笑いになったのであった。

このところ広告業界の働き方に関する報道や議論に触れる機会が増えて、この「仕事がつらい」をふと思い出した。過重労働が指摘される広告屋の仕事、何よりもまず「大変」のその程度(業務量や拘束時間など)を減じる対策を急がねばならない。そしてさらに考えなければならないことがその先に潜在しているのを、たぶん業界の誰もが勘付いている。仕事の「大変」さが、「つらい」に順接する(大変だから……)か、「楽しい」に逆接する(大変だけど……)か。この分岐について考えること、この分岐に影響する目に見えない磁場について考えることだ。

特に若い世代において、「つらい」の線が年々強まっているような気配がある。なぜだろう。彼らを見ていると、一種の〈焦り〉のようなものを感じることがある。みんなうまくやっている、わたしもうまくやらなくちゃ。ネットを通じて、同世代の友人たちの大小さまざまな成功談が日々飛び込んでくる。ソーシャルメディアなんて大抵はかっこいいことしか書かないもんね。わたしだけがうまくできてない、もっとがんばらなきゃ。そんな若いうちから成功も何もないだろう、と中高年は笑うが、若い人、特に真面目な人ほど、〈焦り〉が昂(こう)じて「つらい」が強くなっていく。

もっとかっこわるい話が要るんじゃないか。華々しい成功のバックキャストよりも、忘れてしまいたい失敗の泣き笑いが。みんなうまくいかないことが多いんだなあ、わたしだけじゃないんだなあ。「大変」がいきなり「楽しい」にいかないとしても、「つらい」に行く線をいくらか弱めてくれるはず。これは先輩であるあなたの役割だろう。自分の自慢話をSNSに書き込んでばかりいないで、若い人を食事に連れ出してみよう。かっこいい話で「いいね!」を押させるだけがコミュニケーションではないのだ。

今回の推薦本は『〆切本』という一冊。作家が〆切に苦しんで晒(さら)した醜態奇態を集めた本で、これが全編、実にかっこわるくて抱腹絶倒。夏目漱石、川端康成、谷崎潤一郎、といった文豪をはじめ、手塚治虫や長谷川町子といった漫画家も登場する。世に出た彼らの作品を仰ぎ見るのもいいが、生みの苦しみの泣き笑いをのぞいてみると、帯に曰(いわ)く「なぜか勇気がわいてくる」のである。大推薦。

まさか8年(隔月刊で全48回)も続くとは思わずに安請け合いした本連載、本業の〆切よりも、こちらの〆切の方が大変でした。素晴らしい機会をいただけたこと、そして今までたくさんの方に読んでいただけたことに、あらためて感謝しています。ありがとうございました。

筆者プロフィル

1967年生まれ。1989年博報堂入社。マーケティング局〜博報堂電脳体〜インタラクティブ局を経て03年に退社、現在はフリーで活動中。(株)博報堂プラニングハウスフェロー、(株)パズル社外取締役、(株)ants相談役、「宣伝会議」レギュラー講師。著書に「ポスト3.11のマーケティング」(共著)など。 http://blog.goo.ne.jp/omiyage22

本誌デザイン/阿部雪絵デザイン室

過去の「マーケボン」一覧ページ

関連する記事

  • [Data Topics]「新型コロナウイルス」感染拡大における読売新聞読者の行動・意識調査
    調査結果NEWS
    [Data Topics]「新型コロナウイルス」感染拡大における読売新聞読者の行動・意識調査
    リンク
  • 新聞広告について:テレビ人の叫び[鈴木おさむ氏]
    ojo〈オッホ〉
    新聞広告について:テレビ人の叫び[鈴木おさむ氏]
    リンク
  • 新聞広告について:消費者の視点を読むこと[柳沢幸雄氏]
    ojo〈オッホ〉
    新聞広告について:消費者の視点を読むこと[柳沢幸雄氏]
    リンク
  • 新聞広告について:家族で紙面を指差しながら[平野啓一郎氏]
    ojo〈オッホ〉
    新聞広告について:家族で紙面を指差しながら[平野啓一郎氏]
    リンク
  • [オウンドメディア]広告事例:消費者との“つながり”を生む新聞広告
    ojo〈オッホ〉
    [オウンドメディア]広告事例:消費者との“つながり”を生む新聞広告
    リンク
  • ぎんさんの娘さんお二人を起用したダスキンの大型企業広告が話題に
    広告NEWS
    ぎんさんの娘さんお二人を起用したダスキンの大型企業広告が話題に
    リンク
  • 【新聞広告→SNS】キャラクターと新聞広告の相性
    広告事例
    【新聞広告→SNS】キャラクターと新聞広告の相性
    リンク
  • 北海道エリア限定で掲載された森永乳業アイス「蜜と雪」×「雪ミク」のコラボ広告が広く拡散
    広告事例
    北海道エリア限定で掲載された森永乳業アイス「蜜と雪」×「雪ミク」のコラボ広告が広く拡散
    リンク

あわせて読みたい記事

  • 新聞広告について:父と元旦と新聞(尾形真理子氏)
    ojo〈オッホ〉
    新聞広告について:父と元旦と新聞(尾形真理子氏)
    リンク
  • [リレーコラム]新聞広告について:自慢[田中慎弥氏]
    ojo〈オッホ〉
    [リレーコラム]新聞広告について:自慢[田中慎弥氏]
    リンク
  • [健康志向の食品]広告事例:各地から発信される食品広告
    広告事例
    [健康志向の食品]広告事例:各地から発信される食品広告
    リンク
  • [マーケボン]船酔い(平塚元明氏)
    ojo〈オッホ〉
    [マーケボン]船酔い(平塚元明氏)
    リンク
  • 食品や飲料の購入銘柄はどのように選ばれているか
    調査結果NEWS
    食品や飲料の購入銘柄はどのように選ばれているか
    リンク
  • [今日の新聞見た?]小枠広告シリーズ500回 第一三共ヘルスケア
    広告事例
    [今日の新聞見た?]小枠広告シリーズ500回 第一三共ヘルスケア
    リンク
  • 審査の改革と「微差の幸運」[「広告日和」澤本嘉光氏]
    ojo〈オッホ〉
    審査の改革と「微差の幸運」[「広告日和」澤本嘉光氏]
    リンク
  • [マーケボン]1848年の大統領選挙(平塚元明氏)
    ojo〈オッホ〉
    [マーケボン]1848年の大統領選挙(平塚元明氏)
    リンク

広告事例紹介

  • 二プロ(よみうりヘルスケア・コンパニオン・シンポジウム)
    広告事例
    二プロ(よみうりヘルスケア・コンパニオン・シンポジウム)
    リンク
  • 米国食肉輸出連合会(アメリカン・ポークに込める愛情と誇り)
    広告事例
    米国食肉輸出連合会(アメリカン・ポークに込める愛情と誇り)
    リンク
  • 大和農園(園芸カタログ無料プレゼント)
    広告事例
    大和農園(園芸カタログ無料プレゼント)
    リンク
  • 中央酪農会議(読売KODOMO酪農新聞)
    広告事例
    中央酪農会議(読売KODOMO酪農新聞)
    リンク
  • 艦隊これくしょん製作委員会(謹賀瑞雲)
    広告事例
    艦隊これくしょん製作委員会(謹賀瑞雲)
    リンク
  • ふるさと納税のススメ
    広告事例
    ふるさと納税のススメ
    リンク
  • ANA(がんばれ、がんばる、ニッポン。)
    広告事例
    ANA(がんばれ、がんばる、ニッポン。)
    リンク
  • 日本電子(ノーベル賞フォーラム 企画)
    広告事例
    日本電子(ノーベル賞フォーラム 企画)
    リンク

ページトップへ