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マーケボン

正解といかに戦うか

『日本懐かしオーディオ大全』 (辰巳出版)

平塚元明 マーケティングプランナー

ぶらりと入った本屋のフェア棚がおもしろいとちょっと得をした気分になる。最近は、浅薄な自己啓発本や調子のいいビジネス書を並べた店ばかり増えて、通りがかりに程度のいい棚に出くわすなんてことはめっきり減ったが、さすがは神田神保町、あちこちの棚の前で少なからぬ時間、足留めを食う。

そろそろ切り上げないと次の予定に遅れるぞ、というところでその棚の前を一旦通り過ぎて、そしてすぐに数歩戻った。キッチュな色づかいの表紙の並びが妙な目立ち方をしているのが目を掠(かす)めたのだ。並んでいたのは『日本懐かし即席めん大全』『日本懐かしアイス大全』『日本懐かしガチャガチャ大全』『日本懐かしボードゲーム大全』……といったムック本のシリーズ(辰巳出版)。昭和40年代から50年代に少年期を過ごしたオッサンなら、どの巻を開いても、懐かしさで思わず声が出そうになるはず。あの頃に売られていた商品の写真が、表紙から本編までギュウギュウにつめこまれた混沌(こんとん)のエディトリアルが楽しい。この棚を企画した書店員もおそらく同世代なのだろう、手書きのPOPに力がある。

いかんいかん、時間が無いというのに見入ってしまうではないか。どれか一冊買っていくとしよう。どれにする。うーん。これだな、『日本懐かしオーディオ大全』。ラジカセだ。当時の少年たちにとって、ラジカセというのがどのくらい重要なものであったのか、それを今の若い人にうまく伝えるのにはどう説明したらいいのだろう。スマホのようなもの? なんか違う気もするけど、とりあえずそう言っておくか。

それにしても何という多様性! とにかく他のメーカーが作っていないもの、少しでも新しいもの、進化したものを作ってやろうじゃないか、というエネルギーにうたれる。ダブルデッキが流行(はや)れば、うちはトリプルデッキだ、なんだとこっちはカセット5連装だ文句あるか、という具合。今の時代のオーディオ製品につながっている線もいくつかあるが、ほとんどは淘汰(とうた)されてしまった絶滅種で、カンブリア爆発期の海を描いた生物図鑑を見ているあの感じに似ている。

自分の持っていたラジカセは残念ながら載っていなかったが、ページを繰っているうちに、それを買ってもらった頃のことをあれこれ思い出してきた。そうだ、本当は欲しい機種が別にあったんだった。金髪の少年が大きなラジカセを持って田舎の駅のホームに立っている。都会に行く電車が入ってくるが、家出を怪しんだ警官に呼び止められて、少年はそれに乗ることができない。そんなテレビコマーシャルがとても素敵に見えて、その「家出」というブランド名を冠したラジカセが欲しかったのだ。

しかしながら、その頃の日本の田舎にそんな自由は存在していない。買い物は近所のお店で、が不文律。店といっても小さな商店が数軒あるばかりで、うちが菓子屋、向かいが酒屋、左隣が薬屋、右隣に鍛冶屋、文具屋、電気屋という顔ぶれ。電化製品はその電気屋で買うのが村の秩序だから、私のラジカセも当たり前のようにその店で。系列のメーカーが出していたのは、「ディスコ」という名のラジカセだった。ディスコなんてこの目で見たことはなかったけれど、私はそれで音楽を聴くのにすぐに夢中になって、「家出」のことはいつの間にかすっかり忘れてしまったのだった。

多様性って結構ナイーブだ。人がそれぞれ自分の好きな商品を自由に選択することが、必ずしも多様性の根拠ではないのだ。商品カテゴリーによっては、選択にあたっての自由度が高まれば高まるほど、多様性はむしろ減じていく。おそらく、昭和にインターネットと家電量販店、あるいはECサイトがあったら、このラジカセのカンブリア爆発はおそらく起きていない。みんなが正解を探すから。正解に集中するから。現代のマーケティングとは、正解といかに戦うか……というのが大きなテーマなのかもしれないな、と今これを書いていて思った。散漫な話でスミマセン。

中学・高校の6年間、私の毎日は「ディスコ」無くしては語れません。一度も故障することなく、たくさんの音楽を聴かせてくれた名機でした。ネットで検索してみると、昔のラジカセのコレクターが結構いるんですね。「ディスコ」の写真も発見。懐かしいです。

筆者プロフィル

1967年生まれ。1989年博報堂入社。マーケティング局〜博報堂電脳体〜インタラクティブ局を経て03年に退社、現在はフリーで活動中。(株)博報堂プラニングハウスフェロー、(株)パズル社外取締役、(株)ants相談役、「宣伝会議」レギュラー講師。著書に「ポスト3.11のマーケティング」(共著)など。 http://blog.goo.ne.jp/omiyage22

本誌デザイン/阿部雪絵デザイン室

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