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ハレを共有する

ハレの日からハレの瞬間へ スマホが変えた「ハレ」

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長 吉川昌孝

スマートフォンが生活のあらゆる場面に入り込んできて、生活全体を細切れにし、生活者のハレも瞬間的になってきた。そう語るのは、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所所長の吉川昌孝氏だ。ハレの瞬間化は広告コミュニケーションにどういう影響を与えるだろうか。

「ハレの日」から「ハレの瞬間」へ

── メディア環境の変化は、ハレの日にも大きな影響を与えていると思うのですが。

ハレの日というより、ハレのあり方が大きく変わってきています。変化としては大きく二つあると思っていて、その要因はスマートフォンにあると考えられます。

その一つが、ハレが「ハレの日」から「ハレの瞬間」になっていることです。理由は、生活者の行動がスマートフォンによって分散化し、細切れになってきているからです。

メディア環境研究所は毎年1回、メディア定点調査を行っています。これまでは、テレビを見るのはこの時間、新聞を読むのはこの時間と、それぞれのメディアに接触する時間が大まかには分かれていましたが、スマートフォンがあらゆる場面に入り込んできて、メディア接触が、ものすごくぶつ切りになってきています。もっと言うと、メディア接触だけでなく、生活全体がものすごく細切れになっていると思うんですね。基本にケの日常があって、そこにハレの瞬間が入り込んでいるというのが、今のメディア環境が生んだ生活様式だという気がします。

最近の若い人は「アガる」という言い方をよくします。「気分が盛り上がる」という意味ですが、「気分」という言葉もつけずに、単に「アガる旅」「アガる曲」という言い方をします。この言葉の使い方に象徴されるように、ハレの瞬間、盛り上がる瞬間を探したり、求めるようになっているのが今だと思うのです。

── しかもSNSがあるから、そのハレの瞬間が共有されるということですか。

そうです。SNSはネガティブなことで炎上しますが、ポジティブなこと、ハレの瞬間でも、みんなで瞬間的に盛り上がることができます。ツイッターでいうなら多くの人がリツイートし、トレンドに挙がるわけです。

個人的なことで言うと、僕はこの1年ぐらいプロ野球にはまっているのですが、その瞬間盛り上がるために球場へ行っている感じがものすごくします。今年はカープのリーグ優勝で広島は盛り上がりましたが、球場に行く人は「今日の夜はカープの時間=盛り上がる時間」だと思っているでしょう。

それから、プロ野球ファンは自分のひいきのチームが勝つと、各球団ごとに独特の表現でツイートします。読売ジャイアンツは「うさほー」、阪神タイガースは「とらほー」、中日ドラゴンズは「どらほー」、北海道日本ハムファイターズは「はむほー」と、「〇〇ほー」とツイートする。それを見た他のファンがさらにリツイートすることで、自分の中だけで喜びが完結せず、ツイッターを通じてファン同士で共有される。そうすることによって勝った瞬間の喜びが増幅するわけです。

このように、スマートフォンとSNSの普及によって、ハレというのは、その日から、その時間、その瞬間になっていっているというのが変化の一つ目です。

「携帯電話・スマートフォン」のメディアイメージは、スマートフォンの普及に伴って10年間で急速に上昇。特に「情報が早くて新しい」の伸びが顕著で、 昨年「テレビ」を上回り、今年「パソコン」を抜いて67.0%と、2006年の21.2%から3倍以上に伸長した。(博報堂DYメディアパートナーズ「メディア定点調査2016」時系列分析から)

リアルと密接に結びつくハレ

── もう一つの変化は何でしょうか。

もう一つの変化は、スマートフォンの普及で逆にリアルな空間や場面の価値が上がっていることです。その瞬間にその場にいるということが、リアルと密接に結びついたハレの価値として上がってきていると思います。

今年のプロ野球日本シリーズは、広島と日本ハムで、視聴率は期待できない雰囲気でしたが、蓋を開けてみたら全国の視聴率は25%、札幌と広島は50%を超えるという結果でした。両チームのファンにとってめったにないチャンスだったこともありますが、みんなで盛り上がりたい、ハレの瞬間を共有したいということが強かったと思います。それほど、広島と日本ハムファンの熱狂はすごかった。

それから、昨年、音楽のライブの売り上げがCDのパッケージの売り上げを抜きました。「リアルじゃないとハレじゃない」というのが、今だと思いますね。今のハレ体験というのは、自分が好きなコンテンツをリアルに体験するということと限りなくイコールになっているのです。

これは新聞の号外とも、非常に近い話だと思います。スマートフォンの中では、どんな臨時ニュースも1行の見出しに平準化されてしまいます。個人のつぶやきと国際ニュースが一緒くたになっている。号外は、その場で手渡しされるリアルタイムのニュースです。号外をもらうとうれしいと感じるのは、情報としてリアルだからです。

── しかも、配られる時間にターミナル駅などに偶然居合わせないともらえないわけですよね。新聞の号外には意外性もある。

だから、もらった人にとっては価値の高いものになるわけです。当然今は新聞の号外もSNSで拡散される。

2013年のアメリカのスーパーボウルで停電が発生し、約30分間試合が中断しました。スーパーボウルのテレビCM枠は非常に高額なことで知られていますが、最近の広告担当者は当然、試合中のSNSの対応もしています。ナビスコの「オレオ」のSNSチームは、試合中の停電を絶好の宣伝機会として活用し、「停電? だいじょうぶさ(Power out? No problem.)」というツイートとともに、暗闇の中にスポットライトの当たったオレオの画像を流したのです。そこには「暗闇でもダンクする(オレオをミルクに浸す)ことはできる(YOUCAN STILL DUNKIN THE DARK)」というキャプションが付いていました。新聞の号外も、こんな視点で捉えて展開すると面白いと思いますね。

スマートフォンの所有率(東京)は2010年の調査開始以降、6年間で7倍強の伸びを見せているが、昨年からほぼ横ばい。一方、タブレット端末の所有率(東京)は昨年から10ポイント強上昇して4割に近づいている。年代別(東京)では若い年代ほどスマートフォンの所有率が高く、10代では9割に達している。また、60代は所有率が急激に下がる。(博報堂DYメディアパートナーズ「メディア定点調査2016」時系列分析から)

バレンタインとハロウィーンの違い

── 今の人々にとって、ハレの瞬間とスマートフォンは連動しているわけですね。

新年を迎えた瞬間の「あけおめメール」が一番わかりやすい例ですが、みんなが気分が上がった瞬間、スマートフォンをすぐに使うわけです。ですから、ついツイートしたくなるような気分が上がる仕掛けを企業側もいかに作るかが重要になってきます。

最近、昔でいうアンテナショップが目立ってきています。以前は短い期間の出店でしたが、最近の傾向は、その期間が1年、2年と長期化していることです。そこでブランドを体験してもらって、気分が上がったらSNSで拡散してもらうということを狙っているわけです。

そこで大事なのは、ハレの気分をリアルでどう作るかだけではなく、その後の、それをどう広めるかまで設計されていることです。そうしないとハレが個人のハレだけに終わってしまって、みんなのハレにならないのです。

2016年11月1日 朝刊

── “みんなのハレ”にするためのポイントは何ですか。

今年、ハロウィーンの市場規模がバレンタインを超えたと言われていますね。理由は、「みんなで集まりたい」「アガりたい」「ハレの気分をみんなで共有したい」という傾向が強くなってきたからだと思います。

人口が年々増えていた、周りに同年代がいっぱいいた時代に、2人だけの関係を結びたいということから、流行したのがバレンタインだと思うのです。今では逆に、若者の人口は少なく周りに同年代がいなくなっている。だから、みんなで集まって、盛り上がりたいという欲求が強くなっていると思いますね。

── 日本のハロウィーンはコスプレ中心ですから、SNSで拡散しやすいということもあると思いますが。

それもあると思いますが、バレンタインは2人の世界ですから、2人で盛り上がっているところを拡散しても嫌味になってしまうことのほうが大きいと思います。2人で完結してしまうので、みんなで共有できるハレにはなりにくいということです。“アガる”のは個人的なものですが、それが共有されてハレになる。しかも、ハロウィーンのコスプレは、ビジュアル的にも共有されやすいということだと思います。

このように共有されやすいものがあると、好きな人同士が集まって“小ハレ”が生まれやすい環境に今はあると思いますね。

リアルに「みんなでいる」ことの価値

── スマートフォンという極めてパーソナルなメディアが普及することによって、逆に人が集うようになった。考えてみれば不思議ですね。

そういうことが間違いなく起こっています。新聞やテレビのニュースで、たくさんの人が集まっている写真や映像が以前より増えている気がします。ハロウィーンの渋谷がそうだし、サッカーの日本代表戦になると渋谷のスクランブル交差点が大混雑になります。DJポリスは、そういう今を象徴しているように思えます。さらに、毎年一般応募の抽選倍率が話題になる東京マラソン、先ほど触れたライブやフェスもそうです。オリンピック・パラリンピックの東京都心でのメダリストパレードは、ロンドンの時は50万人、今回のリオは80万人に増えています。

2016年10月8日 朝刊

── 原因は人口減少だとおっしゃいましたが、なぜ人は集まりたがるのでしょうか。

今の世の中は基本的にすぐに自分1人になれるので、逆に、みんなでいることの価値が相対的に上がっているということだと思います。しかも、そうやってリアルタイムで人の集まるところに身を置くと気分がアガることも経験的にわかっている。

映画館に『君の名は。』を若い人たちが大勢見に行くのもそうです。DVDが発売されてから1人で見てもいいわけですが、彼らにとっては映画館で何百人と一緒に見ることに意味がある。今の若い人たちにとっての映画館はライブ会場と同じです。大画面で、大人数で、2時間前後、一つのものを一緒に見るという体験は、ライブやフェスを見に行くのに近い感覚だと思うのです。

── 人の集まるところに身を置くと気分がアガるのは、なぜなのでしょう。

1人でいるよりも、大勢の場に行くと情報量が桁違いに多くなるからだと思います。一度その情報量の多さに慣れた人は、リアルタイムやライブじゃないと満足できなくなる。情報のスピード感だけでなく、そういう情報のボリュームや密度が、気分が上がることに大きく関係していると思います。

2016年7月7日 朝刊

生活者の接点をどう演出するか

── そういう変化に企業はどう対応するかですが。

どういう情報の出し方をすればみんなが盛り上がってくれるか。要は、生活者との接点をどう演出するかが大事になってくると思います。そこで意識しなければならないのは、先ほど言った「個人的なハレ」と「みんなのハレ」の違いです。個人的に気分が盛り上がって消費する場合と、みんなで共有されるハレになって、みんなが買っているなら自分も買おうとなる場合の違いと言い換えられます。マスメディアの役割は、当然「みんなのハレ」を大きくしていくことです。新聞の場合は、直接消費者を刺激する広告だけでなく、ハレを社会化するという意味において記事の果たす役割も大きいと思います。

── SNSが普及し始めた頃、バズを作れば人は動くと言われましたが、生活者はもう一歩先に行っている気がしますね。

「面白いから広がる」というのは、2年前、慈善運動の資金調達のために氷水をかぶるアイス・バケツ・チャレンジが最後だった気がしますね。以前だったら、面白いからいいじゃないかだったのが、この時は氷水をかぶることは単なる「社会貢献ごっこ」に過ぎないという批判も出てきた。今の生活者は、本当に自分がいいと思わないとツイートしないだけでなく、ツイートをする内容によって、自分がどんな人に見られるかまで意識するようになっています。

最後に、少し希望の持てる話を一つ。最近、大学生に聞いたのですが、その学生は13のアカウントを使い分けてツイッターをやっているというのです。もちろん、ごく普通の学生です。今の学生は、卒業してもSNSでつながっています。しかし、高校の同級生と大学の同級生では話す感覚が違うわけです。同じように、アイドル好きの仲間にプロレスの話をしてもひんしゅくを買うだけです。ツイッターは不特定多数に発信しているはずなのに自分の中では発信している先を想定しているということなんですね。13個のアカウントがあれば、相手と内容が異なる13種類の盛り上がる瞬間、「ハレの瞬間」があるということなんです。それぞれのキャラが明確になってくるでしょうから、アプローチはそれほど難しくないかもしれません。

Masataka Yoshikawa

1989年博報堂入社。マーケティングプラナー、博報堂フォーサイトコンサルタントを経て、2004年博報堂生活総合研究所に着任。未来予測プロジェクトのリーダーとして「態度表明社会」(09年)、「総子化」(12年)、「デュアル・マス」(14年)など、生活者とマーケティングの未来像を発表。15年メディア環境研究所所長代理、16年より現職。著書に『亜州未来図2010』(03年)、『「ものさし」のつくり方』(12年)などがある。​

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