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おお、紙よ!

紙の代替財を狙う電子ペーパーの野望

産業技術総合研究所 フレキシブルエレクトロニクス研究センター長
筑波大学大学院数理物質科学研究科 教授 
鎌田俊英

「電子ペーパー」とは、世界中の企業や研究機関が熾烈な開発競争を繰り広げている次世代ディスプレーのこと。そのトップを走っているのが産業技術総合研究所フレキシブルエレクトロニクス研究センターだ。電子ペーパーの開発はどこまで進んでいるのか。タブレット端末とは何がどう違うのか。開発の中心になって活躍する鎌田俊英センター長に、素朴な疑問からぶつけてみた。

紙はまだ電子化されていない

── 鎌田先生が研究されているフレキシブルデバイスとは、どういうものですか。電子ペーパーと同じと考えていいのでしょうか。

電子ペーパーは、フレキシブルデバイスの一つのカテゴリーです。軽い、薄い、落としても壊れない、形状の自由度が高いという特徴を備えたものがフレキシブルデバイスで、電子ペーパーのようなディスプレーだけでなく、フィルムのように自由に変形するセンサーやメモリーといったデバイスの研究開発も我々のテーマです。

── 最初に確認しておきたいのは、電子ペーパーとiPadやKindleなどタブレット端末との違いです。

確かに、タブレットが普及したことによって、電子ペーパーとの違いがよくわからなくなっているところがあります。電子ペーパーというのは、本来、「紙の代替」を目指したものです。一方、iPadやKindleというのは「コンピューターの進化版」、電子機器です。コンピューターを使いやすくしたものがタブレットです。

電子ペーパーの特徴は、次の3つに大きくまとめられると思います。

①何度でも書き換えできる
②書き換え時以外は電気がいらない
③所有感がない

フレキシブルディスプレーの実現には、プラスチックフィルム上に薄膜トランジスタ(TFT)を用いた集積回路を製作する必要がある。この開発は、産業技術の事業化を支援する国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援で行われた

── 最初の「何度でも書き換えできる」から、具体的に説明してもらえますか。

電子ペーパーが元々目指していたのは、「再生型電子紙」でした。つまり、何度でも書き換えできる“捨てなくていい紙”が電子ペーパーの概念でした。

数年前に、あるメーカーが、文字が消せるトナーとコピー機を発売しましたよね。同じコピー用紙を何度も消して使える。そのためには、特殊なトナーとコピー機が必要でした。本来の電子ペーパーというのは、そのトナーとコピー機なしに、電子的に文字や図を書き換えられるようにするという概念だったと思います。

タブレットは、電子ペーパーの概念からすると機能が付き過ぎなんです。動画が見られる、写真が撮れる、ウェブが閲覧できる、音楽が聴ける。いろいろ便利な機能を詰め込み過ぎている。タブレットが先に普及したことによって、紙が持っている便利さを忘れて、すべてタブレットで済むと錯覚している人が多いと思いますね。

── タブレットにはない便利さがあるということですね。

多機能であることよりも使いやすさを重視しているということです。みんな、今でも紙をたくさん使っていますよね。だから実際は、本当の紙がまだ電子化されていないということなのです。

書き換え時以外は電気がいらない

── 二番目の「書き換え時以外は電気がいらない」というのは?

紙は、何か書けばその状態が保持されます。電子ペーパーも同じです。書き換える時には電気が必要ですが、一度書き換えれば、その状態が保持されます。タブレットは液晶である以上、常に電気を流していないと動きません。紙である電子ペーパーと電子機器であるタブレットの一番の違いがそこです。

── Kindleには液晶ではなくE Ink(イーインク)が使われています。「E Ink=電子ペーパー」というイメージを持っている人も多いと思うのですが。

E Inkというのは表示方式の一つです。一度書き換えたら電源を切っても表示される方式で、タブレットに使うことも、やろうと思えば我々が開発している電子ペーパーに使うこともできます。Kindleはそれをタブレットの表示方式に採用しているだけで、Kindle全体としては電気がなければ動かない電子機器であることに変わりありません。

── 確かにKindleはバッテリーがなければ動きませんね。

バッテリーが必要という時点で、紙ではないのです。「電源を持たない」というのが、電子ペーパーの基本です。最低限の機能しかないほうが、結局は使いやすいのです。

想定される電子ペーパーは紙と同じ程度の重量、厚さで、折り曲げも自由。手書きにも対応していて、電源のある場所の上で電子ペーパーに字を書けば、その場で電子化され、あとは紙のように電源なしでどこへでも持っていけるというものです。また、手書きで書いた情報は、同時にクラウドに送ることもできます。紙を電子化してネットワークにつなげることで、文字どおり情報機器になるわけです。

E Inkは、画面に白と黒の粒子が入ったマイクロカプセルを敷き詰め、これらの粒子を電界によって移動させることで文字や画像を描画する表示方式で、電子ペーパーにもタブレットにも使える。E Ink=電子ペーパーではない

── いろいろな使い方ができそうですね。

よく言われている例は、電車やバスの時刻表です。年に1〜2回だけ替えるのに、今までは全部印刷し直していた。この手間と費用はばかになりません。では、電子ディスプレーにすればいいかというと、設置費用も電気代もかかる。だから、電子ペーパーなのです。

── 掲示板にも良さそうですね。

今までの紙のように電子ペーパーを掲示板に貼ってもいいし、電子ペーパーを貼ったまま、データの入ったコントローラーを接触させることで内容を書き換えるようにもできます。1週間も経てば捨てる情報ですから、常時ネットワークにつないでおく必要もありません。そういう情報は、たくさんあると思いますね。

── 駅や街中の広告は、デジタルサイネージに変わってきていますが。

電車のドアの上や駅のポスターは、電子ディスプレーに変えたほうが広告的にも効果的かもしれませんが、車内吊り広告がすべて動画になったらかえって見にくい。今は係りの人が電車内を脚立を持って歩いて差し替えていますが、電子ペーパーならリモコン一つで簡単に内容を差し替えられるようになる。要は、電子ディスプレー、電子ペーパー、それぞれの良さを生かす使い方が大事だと思いますね。電子ペーパーはいろいろな使い方ができると思いますが、やはり紙の持つ便利さや使い勝手から学ぶことが大事で、電子機器の都合に人間の生活を合わせる必要はないということですね。

紙には「所有感」がない

── 三番目の「所有感がない」というのは、どういうことですか。

パソコンやタブレット、スマートフォンは、「私のもの」という所有感があります。ところが、紙にはそういう所有感はありません。そのへんに放ってあっても、「これ、誰の紙?」と聞く人はいません(笑)。

── 確かにそこに書いてある内容は大事だったりしますが、その紙自体を所有したいわけではないですね。

それが紙の良さなんです。電子ペーパーも、同じような感覚で使われるものでなくてはいけないと思っています。もちろん、電子ペーパーを紙のように気軽に捨てられたら困りますが、何度も書き換えできる誰のものでもない紙、ぐらいの物が電子ペーパーだということです。

── 本当の意味で紙の電子化なんですね。

だから、紙を電子化するというのは、裏側で使われている技術がどうあれ、新しいメディアを作るというような大それた話ではなくて、「プリンターやコピー機がなくても書き換えができるようにしましょう」ということなのです。今まで会議のたびに資料をプリントアウトしたり、コピーして作っていたと思いますが、電子ペーパーを使えば、コピー機も、プリンターもなしに、内容を書き換えることができるわけです。それを、そのへんの壁にペタンと貼っておいても別に構わないわけです。電子ペーパーは、ファイルに入れておくとか、棚に入れておく類いの物になる。そうなることで初めて電子ペーパーは紙の代替になると思っているんですね。

実用化の課題は表示のきれいさ

── 基本的なことですが、電子ペーパーの仕組みはどうなっているのですか。

トランジスタの回路を敷き詰めたフィルムと、その上に表示媒体のフィルムが乗った2層構造になっています。トランジスタの回路には色がつく、つかないといったコントロールをする点が敷き詰めてある。その上に色がつく媒体を載せるだけです。白黒、カラーどちらの表示も可能です。

── 量産した場合の値段や耐久年数も気になりますが。

まだなんとも言えませんが、紙の代替にしたいというのが基本ですし、タブレット並みの高額になるはずがないのだけは確かです。それから、一般の電子ディスプレーよりも電子ペーパーは電源を入れる回数も極端に少ないはずですから、ほぼ壊れることはありません。プラスチックが劣化するまでの時間が耐久年数になると思います。

フレキシブル電子ペーパーを活用した「レール型電子棚札(ESL:Electronic Shelf Label)」(凸版印刷)

── 電子ペーパー実用化の課題は何でしょうか。

電子的な機能はほぼ実現できています。今の最大の課題は表示のきれいさです。あいにく、きれいさに一番うるさいのが日本人なのです。海外に持っていくと、もっと汚くていいと言われますが、日本人はまるで許してくれない(笑)。単に、表示のきれいさということで言えば、最近の液晶ディスプレーの進歩は目をみはるものがあります。電子ペーパーの中では、我々の開発しているものはかなりの水準にありますが、さらなる表示のきれいさが求められると思います。

もう一つは手触りです。電子ペーパーはプラスチックフィルムですから、表面がツルツルしている。紙の手触りに近づける努力は必要だと思います。

── 電子ペーパーは、新聞に使うこともできるわけですよね。

もちろんできます。その場合は、1枚ではなくて数ページぐらいにして、めくれるほうがいいと思います。ペラペラめくって、いろいろな情報が一度に見られるというのは、実は紙メディアの良さだと思います。

── 電子ペーパーは、1枚だけで使う必要はない?

数枚を重ねたり、広げたり、並べたり、自由にできます。日頃気づいていないと思いますが、紙の使い勝手の良さは実はそういうところにもあるわけです。

情報化を支えるフレキシブルデバイス

── お話を聞いてわかったのは、電子ペーパーというのはタブレットやスマートフォンと競合するメディアではなくて、今まで紙が果たしていた役割を代替する情報のインフラだということです。

企業の人と話していて、すぐ反応が返ってくるのは値札や荷札です。今まで値段や宛先が変わるたびに貼り替えていたものが、電子ペーパーなら一瞬で変えられる。事務処理の多くも電子ペーパーに置き換え可能です。最初は業務効率化という観点から企業や行政に導入されていくと予想しています。パソコンも最初は業務の効率から導入されて、個人が楽しむメディアになっていった。電子ペーパーも同じ普及の仕方をするかもしれません。

冒頭に、電子ペーパーは我々が研究しているフレキシブルデバイスの一部だと言いましたが、さまざまなフレキシブルデバイスが普及することで生活のベーシックな部分まで情報化できる可能性が出てきます。

例えば、電子ペーパーは2枚のフィルムで構成されると言いましたが、これをゴムのように伸び縮みする素材でも実現しています。それを張り付ければどんな形のところでも情報が表示できるようになります。それから、フレキシブルな素材でセンサーを作り、それを椅子などに張り付ければ、人の体調を常にモニタリングする仕組みも作れます。電源を切っても記憶が残る「不揮発性メモリ」も印刷で作れるようになっています。「どこでもデバイス、だれでもデバイス」を実現する準備は、技術的にはすでにできていると言っていいと思います。

Toshihide Kamata

1990年京都大学大学院理学研究科化学専攻博士後期課程修了。92年通商産業省工業技術院化学技術研究所(現・産業技術総合研究所)入所、2011年から(独)産業技術総合研究所フレキシブルエレクトロニクス研究センター長に就任。2000年筑波大学大学院数理物質科学研究科助教授(兼任)、08年から同教授(兼任)。専門分野はプリンタブルフレキシブルエレクトロニクス、ディスプレー、有機エレクトロニクスなど。理学博士。

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