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オウンドメディアは問いかける

紙とWebで考え方が違う大学のオウンドメディア

早稲田大学商学学術院教授 広報室長 恩藏直人

早稲田大学は、YOMIURI ONLINEとタイアップした「WASEDA ONLINE」を運営してきた。今年4月からは学生向け広報誌『早稲田ウィークリー』をWebに移行している。その一方で、『早稲田学報』『CAMPUS NOW』といった紙媒体のオウンドメディアにも力を入れている。大学ほど多様なステークホルダーを抱える組織はないからだ。早稲田大学の広報室長でもある恩藏直人教授に聞く、大学にとってのオウンドメディアの課題とは。

── 今日はご専門のマーケティングではなく、大学のオウンドメディアについてお聞きしたいのですが。

実は、大学はオウンドメディアを非常に多く持っています。大学のステークホルダーというのは、学生はもちろん、その父母、受験生やその学校の先生、大学教員・研究員・職員、学会、そしてさまざまな年代の卒業生(校友)がいます。さらに就職先や共同研究先としての企業や自治体など多岐にわたっており、そのステークホルダー一つひとつが大学の評価や名声に密接にかかわっています。もちろん、すべてのステークホルダーに対して手が抜けない。紙の会報や広報誌は、これまでもそれぞれのステークホルダー別に発行してきました。ターゲットの顔がわかっており、編集方針に迷いはなく、内容にもそれなりに自信を持っていました。ところがWebは簡単ではない。

Webのターゲティングは難しい

2016年4月からWebに移行した学生向けの「早稲田ウィークリー」は、スマホでの閲覧が中心になっている。

── なぜですか。

Webは、いろいろな人が見ることができるからです。学生向けに作っても、会社をリタイヤした校友も見れば若い人も見る。実は、意外と気を遣うメディアなんです。

具体的に言うと、学生を対象に毎週、紙媒体で出していた『早稲田ウィークリー』を、今年4月からWebに移行したのです。『早稲田ウィークリー』は、「早慶戦に勝った」とか、「こんな体育部が活躍している」といった大学の今の情報を学生に伝えるのが役割です。かつては学部の事務所に置いてあって、それなりに持っていってくれる学生がいました。しかし、最近はスマートフォンで情報を見るのが当たり前で、紙を手に取ってくれる学生が少なくなっていました。そこで、内容は紙媒体の時と変えずに、特集号や節目のときにだけ紙媒体を出すようにして、基本的にはWebに移行したのです。しかし、校友や父母など、大学の他のステークホルダーの目にも触れるわけです。現役学生や受験生だけが喜ぶようなコンテンツなら何を載せてもいいという訳にはいかなくなっている。Webを使ったオウンドメディアは、実はターゲティングが難しい媒体なんですね。

ターゲットに直接届く紙媒体

── 他のステークホルダーに対するオウンドメディアにはどういうものがあるのでしょうか。

例えば、大学のOB、校友向けは現状、紙媒体中心に考えています。早稲田の場合、校友会の会員が61万人いますが、校友会の幹部は会社を退職した方たちが中心です。その中で、会費を払ってもらっている校友に隔月で発行しているのが『早稲田学報』です。それから、年会費を払っていない校友でも住所が判明している人に対しては、この1年間の学生、教職員、校友の研究やスポーツでの成果、大学のニュースをまとめた年1回発行の『西北の風』を送付しています。

学生の父母に向けて年4回発行しているのが『CAMPUS NOW』です。もともとは教職員を対象とした学内誌だったのですが、最近は学生に対する父母の関与が高まっていることから、2009年にリニューアルし、現役学生の保証人に郵送しています。例えば、最近号の「早稲田の教員養成」の特集では、早稲田の教員養成の取り組みや現場で活躍する大学出身者を紹介しています。

それから、『WASEDA University GUIDE BOOK』を受験生やその父母向けに出しています。これは広報室ではなく、早稲田大学入学センターが担当しています。大学のガイドブックもオウンドメディアの一つだと思いますが、早稲田大学と同様に、多くの大学で入試は別の部署が担当することが多いようです。

コンテンツ制作のためのリソースは豊富

── YOMIURI ONLINEとタイアップしている「WASEDA ONLINE」は、早稲田大学のオウンドメディアの中でどういう位置付けになるのでしょうか。

国立大学の独立法人化は2004年ですが、それ以降、私立大学も社会に対してその活動に対する説明責任や理解を求めることが重要になってきました。広い意味では社会全体もステークホルダーですが、世の中に大学単独でアピールすることは難しい面があります。それで考えたのが、集客力と信頼性のある新聞社のサイト内に大学のオウンドメディアを持つことでした。それが「WASEDA ONLINE」で、教員による「オピニオン」「研究力」、それから早稲田の学生生活を伝える「教育」などのコンテンツを日本語と英語で伝えています。

── 一般企業の場合、オウンドメディアで問題になるのはコンテンツ制作と言われますが、大学はリソースには困らないわけですね。

その通りです。リソースはあるので、一般の人が見てくれるような場をいかに作るかが大事だということです。「WASEDA ONLINE」は、政治、経済、国際問題、スポーツ、科学、文化など、学部横断的に多岐にわたる研究発表の場になっています。

最近では、「『不平等』な学歴獲得競争」という記事が非常に注目を集めました。早稲田大学高等研究所の助教が、家庭環境と学歴について論じたもので、通常の40倍近いアクセスがありました。昨年のラグビーW杯時には、早稲田出身の五郎丸選手が活躍しましたが、「なぜ、スポーツで人は感動するのか? ラグビーブームの行方」も非常に読まれた記事です。時事性に富んだ内容を意識して週に一度の更新にしていますが、多種多様な執筆者を抱えているのは早稲田の強みだと思っています。

── 早稲田大学のホームページも広い意味ではオウンドメディアだと思いますが。

大学のホームページは2014年11月にリニューアルしました。意識したのはグローバルスタンダードな作りと写真の多用です。多くのページは日本語と英語で閲覧できますし、基本情報は13か国語で発信しています。国際的にも早稲田大学のブランド強化を狙っています。

── 国際的に早稲田大学のブランドを強化しているというのは、どういうことですか。

ひと言で言うと「グローバル化」です。今日、大学はグローバル競争の時代に入っていて、早稲田大学も日本ではなく、世界の中でのポジションを重視しています。それを意識して取り組んでいるのが、中長期計画「Waseda Vision 150」です。

今の大学のイメージを伝える

── 昔の早稲田とはだいぶ違うイメージですね。

そうなんです。実は、確立しているブランドイメージを変えるのは、正直言って至難の業なんです。例えば、昔の卒業生は早稲田に対して、大教室で一方的に行われる授業が多くて、たまに休講もあって、しかも男子学生が多くて、何となくやっていれば卒業できてしまう大学、というイメージを持っている人が非常に多いと思うんです。ところが今はまったく違うんです。

── どう違うのですか。

今は女性比率が全学部平均で37%、3人に1人以上が女性です。パーセンテージでは慶応を上回っている。それから、50人以下のクラスが8割を超えています。授業もアクティブ・ラーニングと言ってゼミのようなスタイルで授業を進めることが多くなっている。それから、留学生も長期短期合わせて5千人います。学生の1割近くは留学生です。英語だけで卒業できる学部も現在6学部、来年には7学部になります。今の早稲田は大学のグローバル化に向けて大きく変わろうとしているんです。

しかし、グローバル化だけが早稲田の目指すイメージかというと、そうではない。早稲田の伝統が好きな校友が大勢いるわけです。そういう人たちが早稲田に抱いているイメージも捨てるわけにはいかない。でも旧態依然としたイメージは何とか払拭したい。受験生が抱くイメージだけを変えることは比較的簡単でしょうが、そうすると多くのステークホルダーが離反してしまう。大学生活は自分の青春の一部であり、大学名にも学部名にも愛着を持っている人が多いですから、彼らが抱くイメージを変えるのは非常に難しいんです。

それから、最近の授業も様変わりしています。スマートフォンが普及する前に大学を卒業した人は、びっくりすると思います。一度、授業を見に来ると面白いと思うのですが、今の学生はあまりノートを取らないのです。その代わり、板書した黒板やパワーポイントの画面をスマートフォンで撮る。

── 授業中にカシャカシャ、写真を撮る音がするのですか。

そうです。それから授業でわからないことは、その場で検索しています。こちらも授業中に企業事例や商品名がわからない時には、教室で周辺情報を言って学生に調べてもらうこともある。良い悪いではなく、今の授業はそれが普通なんです。

── いつ頃からそうなったのですか。

2010年頃からです。研究の仕方も今は変わっています。論文もデジタル化されていますし、ある論文がどれくらい引用されているか、ランキングも出ます。ですから、自分の研究テーマが決まると、今の学生は引用数の多い論文から効率よく読み始める。僕らの若い頃は手当たり次第に論文を読んで、職人的な勘を養っていったわけですが、今はその必要もない。勉強や研究の仕方もまったく違ってきています。

デジタル化に慎重な理由

── 『早稲田ウィークリー』をスマートフォンで見る学生と『早稲田学報』を紙で読むOBがイメージする“大学”は、大きく違うわけですね。

だからこそ、誰でも見られるWebは、表現やコンテンツの選択が難しいんです。大学の場合は、学生、父母、さまざまな年代の校友たちがいて、大学に対する思いがそれぞれ異なるわけです。一般企業のオウンドメディアでもこの観点は問題になっているかもしれませんが、まだ顕在化していない。

── 解決策はあるのでしょうか。

最近、「センサリー(感覚)マーケティング」と言われる分野の研究に注目しています。感覚というのは触覚、嗅覚、視覚、聴覚、味覚の五感です。ある大学で図書館の本を全部デジタル化にしようとしたところ、教員たちが反対した。ところが、教員自身、自分たちが反対している理由がよくわからなかった。デジタルのほうがいつでも読めるし、検索もできる。合理的に考えれば反対する理由はない。

反対の理由は、まさにセンサリー、紙の手触りや、ペラペラとめくる視覚的感覚、印刷のインクの香り、そういった感覚が合わさって紙の本に対する愛着が形成されていた。製品がコモディティ化する中で、感覚に訴えるマーケティングが差別化の要因になるということなんです。オウンドメディアにおいても同じです。紙をすべて廃止してしまうと、感覚面での訴求力を失ってしまうかもしれない。媒体すべてのデジタル化には慎重であるべきだという理由の一つです。

Naoto Onzo

1959年神奈川県生まれ。1982年早稲田大学商学部卒業後、早稲田大学商学部助手、専任講師を経て、現職は早稲田大学教授。早稲田大学商学学術院長・商学部長などを歴任。早稲田大学の広報室長も務める。専門はマーケティング戦略で、具体的なトピックとしてはブランド戦略、製品戦略、市場参入戦略、セールス・プロモーションなど。著書に『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』(共著、丸善出版)、『R3コミュニケーション―消費者との「協働」による新しいコミュニケーションの可能性』(宣伝会議)など多数。

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