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見出し、大事ね。

本はタイトルで売れるのか?

コルク 編集者 柿内芳文

2005年に出版された『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』は、会計学をテーマにした新書でありながら160万部を超えるベストセラーになった。編集を担当したのは、当時、光文社入社3年目の柿内芳文氏。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』は出版界に会計本ブームを生むだけでなく、そのキャッチーなタイトルのつけ方は書籍全体にも影響を及ぼしている。光文社を離れた後も担当書籍でベストセラーを連発する柿内氏に本の見出しであるタイトルの考え方について聞いた。

── 率直に聞きますが、本はタイトルで売れるものなのでしょうか。

結論から言うと、タイトルだけで売れることはないですね。瞬間的には売れるかもしれないですが、長期的に見たらまったく売れないと思います。よくある誤解は、インパクトのある、奇をてらったタイトルをつければ本が売れる、あるいは、その言葉が話題になれば本は売れるというものです。僕が編集した『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?(以下、さおだけ屋〜)』や『嫌われる勇気』も、そう言われることがあります。

確かに、本が売れ始めて世の中で話題になると、言葉は一人歩きし始めます。そうすると、本を読んでいない人まで「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」や「嫌われる勇気」という言葉を使い始めたり、逆に、言葉のイメージだけでその本を避ける人も出てきます。しかし、本のタイトルのインパクトというのは結果であって、狙って出せるものではありません。大事なのは、本のタイトルと中身を連動して考えることなんですね。

── 中身と連動しているというのは、具体的にはどういうことなのでしょうか。

例えば、『さおだけ屋〜』は、サブタイトルに「身近な疑問からはじめる会計学」とあるように、会計にまつわる身近な疑問、「ほとんど売れているところを見たことのないさおだけ屋がなぜ潰れないのか」というエピソードの一つをタイトルにしたものです。そもそもなぜ会計学の本を身近な疑問から始めないといけないのかというと、『さおだけ屋〜』が新書だからです。新書は入門書です。目の前に川が流れていて、対岸まで距離がある。そこに橋を架けるのが本来の入門書の役割です。それだけでなく、新書は表紙のデザインが一緒ですから、タイトルで差別化することも大事です。

『嫌われる勇気』は、アルフレッド・アドラーの思想を紹介した本です。欧米ではフロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される心理学者ですが、日本ではほとんど知られていない。アドラー心理学を知った時、僕自身、よくもここまで知られていなかったなと驚きました。アドラー心理学は、表層的で持続力のない陳腐な自己啓発と違って、真の意味の「自己啓発」の思想の源流になっている。過去のことは変えられない。もし人生を変えたければ、「今の目的」に注目して、その目的を変えてしまえばいい。非常にポジティブなんです。その自分を変えるためにまず必要なのが「嫌われる勇気」だったというシンプルな理由です。「嫌われる」というネガティブな言葉と「勇気」というポジティブな言葉を結びつけることによって最終的にはポジティブな印象が残るという計算もありました。

なので、なぜ本のタイトルがこうなったかは、それぞれ違います。本にはタイトルがあり、はじめにがあり、目次があり、章立てがあり、本文があり、あとがきがあります。そのトータルで本ができあがっています。実は、本のタイトルというのはサイコロが6面ある中の1面にすぎないんです。でも、サイコロの1が赤くなっているように、読者の目に最初に入ってくるのがタイトルで、そういう意味で大事だということなんですね。

タイトル、小見出し、はじめにの役割

── 柿内さんの考える本のタイトルは広告的というか、キャッチーだと思うのですが。

本というのはフルマラソンを走るようなものです。どういうことかと言うと、書店でその本を手に取ってもらうのは、マラソンのスタート地点にすぎないということです。

本屋に行って、目的買いする人はほとんどいません。だいたいは「何か面白い本ないかな」といった感じで本屋に行く。何が「面白い本」なのかはその人の問題意識によってさまざまですが、その人との接点を作る役割を担っているのが宣伝コピーとしての本のタイトルです。吉野家の「うまい、やすい、はやい」、5時以降のスーパーの「今だけ半額」と一緒なんです。ただ対象物が違うだけであって本質的には変わらない。そういう意味では、本のタイトルは、本を手に取ってもらうという役割を担っているコピーです。

── 目次や小見出しなどの役割は?

本を手に取ってもらったら、今度は中身の吟味が始まるわけです。自分にとってこの本が、例えば「700円を出す価値があるかどうか」の判断が絶対行われているわけなんです。その時大事になるのが、「小見出し」や「はじめに」「目次」「あとがき」といった要素です。

例えば『さおだけ屋〜』は、どのページを開いても「見出し」がほぼ入っているように作りました。本を手に取った人は必ず中をパラパラ見ますが、どのページを開くかは予測できない。だから、どの見開きにも小見出しが入るようにしていますし、内容が読みたくなるような小見出しにしています。

すべての見開きに「見出し」が入っている

それから僕がタイトル以上に力を入れるのが「はじめに」です。本の場合、ビジネスのプレゼンにあたるのが「はじめに」の部分で、そこでいかに読者の感情を揺さぶれるかだと思っています。「はじめに」に本のコンセプトから誰に向けて書いた本なのかまで全部載せる。それで買うと判断されて初めて、その本はレジまで持っていってもらえるわけです。そこまで行って、やっと折り返し地点です。

「はじめに」は読者へのプレゼン

── 本を購入してからということですか。

そこからが長くて、重要なんです。要するに、最後まで読んでもらうということなんです。本というのは、買っても途中で読むのをやめるか、積ん読が多い。なぜ最後まで読んでもらうことにこだわるかというと、本は最後まで読まれないと口コミが生まれないからです。自分を振り返って見ればわかると思うのですが、最後まで読まないとその本に対する評価は言えない。2時間の映画を1時間だけ見て、その映画に対して口コミする人は、まずいない。もしあったとしたら、「つまらなかった」という場合だけだと思うのです。

── 口コミはコントロールできないと思いますが。

批判的意見もアリなんです。アマゾンの星1つと星5つは、感情の振れ幅という意味で同じ評価だと思っています。何かしら感想を得るためには最後まで読んでもらわないといけない。口コミが生まれてやっとゴールテープを切ったことになると思っています。

編集には“プロの素人”の視点が必要

── 最後まで読まれないと口コミされないというのは、本ならではの特性ですね。

今言ったように読まれたものに対してはプラスにしろマイナスにしろ評価されますが、途中で読まれなくなった本は、世の中に声として上がってこない。おそらく本を購入した99%の人の声は上がってきていないと思います。それは読者にも、作者にも不幸なことだと思っています。新書にしろ小説にしろ、作者は何か表現したいことがあって長い時間をかけて作品を書きます。書店でそれを選び、買ってくれた人がいたのに、読まれないまま、何も評価もないまま静かに閉じられる。そうならないためにはどうすればいいかということはよく考えますね。

── なぜ読者に理解されない本が世の中には多いのでしょうか。

作者は書く内容と一体化してしまって、自分だけわかっている状況に陥りがちなんです。ある意味それは当然で、作者は一生かけて得た知見を1年、2年かけてその本に表現するわけです。だからこそ、その作者と向き合う編集者は、“プロの素人”であるべきだと思っています。

── どういうことですか。

今『ドラゴン桜』の三田紀房さんに、『インベスターZ』という投資漫画を描いてもらっているのですが、“プロの素人”の話と通じるところがあります。

今までの知識漫画というと、「漫画でわかる〇〇」みたいな、博士と弟子が出てきて、タイムマシーンに乗って、恐竜の時代に入ってというようなパターン化したものが多かったのですが、漫画として面白くないものがほとんどです。『ドラゴン桜』は、経営破綻状態となった落ちこぼれ高校が東大進学のための特別進学クラスをつくり成功する話ですが、同時に受験テクニックが身につく漫画として読まれた。「ためになって、おもしろい」でなくて、「おもしろくて、ためになる」。実はこれ、講談社の社是なんです。まず、本は面白くなければいけない。そして、ためになるという順番なんです。その逆ではない。

柿内氏が担当する『インベスターZ』

『インベスターZ』は投資の漫画ですが、投資がテーマになったのは結果です。もともとは、『砂の栄冠』という高校野球漫画の取材で三田さんが東北の名門校の先生と監督との宴席で、「学校経営がきつい」という話になったのがきっかけです。名門校でもそういう状況で、三田さんは帰りの新幹線の中で学費がタダの学校は可能なのか。可能だとしたらどんな仕組みか考えた。それが『インベスターZ』の構想が生まれたきっかけです。

── 学校の地下組織に優秀な生徒が運営する投資部があるという設定ですね。

要するに、面白いストーリーが先にある。投資は、その結果なんです。そういう世界観、0から1を作るのが作家の仕事なのです。

それで、さっきの“プロの素人”の話につながるのですが、三田さん自身は一切取材に行きません。投資の勉強もしません。というか、むしろ、してはダメなのです。投資家向けの漫画だったらいいと思うのですが、あくまで『インベスターZ』はおもしろい漫画であり、投資未経験者がこれから投資の考え方を知ったり、興味を持ってくれることを目的としている漫画です。逆に三田さんが投資のことを勉強すると、知った人の視点で描いてしまうから読者と乖離してしまうんですね。では、取材は誰がしているかというと編集担当者です。漫画家がシェフで、僕らはいろんな投資家に取材したり、投資の本を読んで素材を提供するという役回りなんですね。

なぜ売れなかったかの検証を

── 改めて本のタイトルのつけ方についてお聞きしたいのですが。

本のタイトル付けは本当によく聞かれるのですが、正解があるわけではありません。今まで言ってきたように、本のタイトルは考えていることのほんの一部です。広告コピーも一緒だと思いますが、氷山の上に現れたものに過ぎなくて、その下にはさまざまな狙いや考えがあるということです。

── 柿内さんの『さおだけ屋〜』以降、本(とりわけ新書)のタイトルのつけ方は変わったと思うのですが。

ただ、売る前はみんないろいろ考えるのですが、売れなかった本は忘れ去られるということは変わっていないと思います。売れた本は話題にもなり、メディアにも取り上げられますが、売れなかった本は、ただ忘れ去られるだけで、なぜ売れなかったのかの検証がない。だから、また売れない本ができるわけです。中には出版点数合わせの本もあるかもしれませんが、ひょっとしたらその本の文脈付けやアプローチ方法の失敗で、本当は売れるべき価値のある本が広がらなかったものもあるかもしれない。これは、僕自身の反省も含めて指摘しておくべきだと思います。

それから、世の中にとって何が価値があることなのかという判断は、結局、編集者の主観でしかありません。だから、常に自分の主観を磨いていく努力を怠ってはいけないし、そうやって磨かれた“プロの素人”として主観で、作家と対峙すべきだと思っています。

Yoshifumi Kakiuchi

1978年東京都出身。聖光学院高等学校、慶應義塾大学文学部卒業後、光文社勤務。入社3年目に担当した『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉)がミリオンセラーに。2010年から星海社に移籍し、11年「武器としての教養」をコンセプトに星海社新書を立ち上げ。フリーランスとなり、『ゼロ』(堀江貴文)、『嫌われる勇気』(岸見一郎、古賀史健共著)の編集に携わった後、13年に作家のエージェント会社・コルクに入社。現在は投資をテーマにした漫画『インベスターZ』(三田紀房)などを担当する。

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