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読売新聞 海外駐在員リポート

from Asia

文字だらけのままでいて

タイで人気のポータルサイト・SanookやKapook(写真)は、実に華やかで、にぎやかだ。ほぼ全記事が画像・動画付きで一覧表示されており、ユーザーは直感的に目当ての記事へ至ることができる。記事内容の説明にテキスト=見出しが果たす役割は相対的に低いため、タイ語を解さない人でも、これらのトップページを眺めていればタイの話題を把握できる。

翻って、日本のポータルサイトはどうか。そこはずらりと見出しが並ぶ、テキストに支配された場だ。日本語が読めなければ、記事のカテゴリーすら見当もつかないだろう。「ウェブのビジュアル化」という時代の流れに逆行しているようでもある。タイ以上に高速通信インフラが普及する日本において、多くのユーザーに支持されるポータルサイトがテキスト主体、という事実は興味深い。

タイと日本のインターネット史の違いが、ポータルサイトの構成の違いを生んだ、という面はある。21世紀を迎えたころ、タイでのネット普及率はわずか5~6%。2016年の今、バンコク都内で見かけるタイ人のほとんどがスマートフォンを持っている印象だが、彼らにとってインターネットは「最初から」リッチコンテンツに溢れた媒体だ。あえてテキストにこだわったサイト作りをする理由がない。一方、日本でインターネットが一般的になり始めたのは1990年代。接続方法はダイヤルアップで、データ軽量化のためにウェブサイトはテキスト主体にならざるを得なかった。その黎明期の様式が今もなお影響力を維持していると考えることは出来る。しかし、インターネットを早くから利用してきた欧米各国でも、いまや代表的ポータルサイトは、画像・動画を多用したものになっている。文字だらけのポータルサイトは、日本のユーザーによる積極的な選択の結果として、現役続行中なのだ。

国際的に主流とされるところから外れ、孤立的に独自進化を遂げている点で、日本のポータルサイトは「ガラパゴス化」している。だが、テキストが画像や映像の添え物に身を落とすことなく、主役の座に君臨できるのは、誇らしいことではないだろうか。「紙幅の制限」を受けない広大無辺のインターネット上で、見出しに文字制限を課すストイックさ。画像の加勢を求めることなく、必要にして十分な、時にしてそれ以上の情報を伝える職人芸――これは短歌・俳句などの定型詩の流れを汲む日本の文化である、と言っても、言い過ぎにはならないはずだ。また、この種の見出しが、読む側にも一定のスキルを求める点にも注目したい。たとえば『北に制裁』の“北”が“北朝鮮”の略であることを瞬時に理解するには、同様の省略に接した経験と、現時点でニュースになる“北”が何かを判断しようとする思考回路が必要だ。表現がやや大層になるが、それらは「訓練」によって得られる。

見出しをメーンコンテンツとする日本のポータルサイトは、情報の送り手・受け手双方の、テキスト情報を適切に処理する能力の高さ、またテキストへの思い入れの深さを証明するものではないだろうか。

堀井葉月 前バンコク駐在

サワディ・カー。わたしのFROM ASIAは今号で最終回です。微笑みばかりのタイ暮らしではありませんでしたが、今はこの地で巡りあったすべてを、いとおしく感じます。タイでの経験を大事に持ち帰り、以前とはちがう眼差しで、日本の社会やメディアを見つめてみたいと思います。

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