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広告づくりはヒマラヤ登山。道のりを一歩一歩です。(電通アートディレクター上西祐理氏)

タフな職人のような広告クリエイターだ。長い休暇には、病み上がりの体でエベレストに登り、バルト三国を経由してシベリア鉄道で帰ってくる。「広告づくりはヒマラヤ登山みたいに、一つ一つアイデアを検証してゴールするまで険しい道のりです」と語るのはアートディレクターの上西祐理さん。「世界卓球2015」ではADC賞、JAGDA賞を、JAGDA新人賞も受賞した。そんな上西さんに話を聞いた。

「世界卓球2015」のポスター

── 「世界卓球」や「フェンシング」のブランディング広告など、スポーツ系のお仕事が多い印象です。スポーツはお好きですか?

はい。見るのは好きです。スポーツ選手ってほんとにすごいなといつも感心して見ています。広告表現を考えるときは、そんなスポーツを正しく、カッコよく世の中に伝えたいという思いがあります。そのために、それぞれの競技が持つ“シズル”というか、独特の世界観を表現しないと、と考えていて。例えば、フェンシングであれば、動きや流儀のカッコ良さだったり知的なスマートさを、卓球であれば、その0.01秒の瞬間への反応を究めていくストイックさであるとか、常に正確に球を返すその研ぎすまされた身体性みたいなところだとか、そういう魅力を丁寧に表現できたらいいなと思っています。卓球選手ってきっと、私たちとは体感速度が違う時間を生きてるんじゃないでしょうか。だって、球が見えているわけじゃないですか。だから「速さに対応しようとするあまり、逆に球が止まって見える」みたいな瞬間ってあるんじゃないかと思っていて、さらにそこで身体が反応するってその精神や身体のきらめきってすごいな!という驚きがまずありました。そういう部分を伝えることが出来れば、卓球の新しい発見になるんじゃないかなと思ったのが「世界卓球2015」のポスター表現の着想だったと思います。

── ううう、深い! 卓球について相当掘り下げてますね。そこから具体的にどう表現に落としていったのですか?

研ぎすまして研ぎすまして、速さのその瞬間だけを表現したいと思い、要素をミニマルに、空間性も排除して写真で構成的に切り取りました。しかもレタッチ修正なしの一発撮りで。これってパッと見だとグラフィックに見えるんですが実物ポスター見ると写真なんです。写真ってどんなになくそうとしても階調が存在してるじゃないですか。だから一見ただのベタ色に見えても情報が詰まっている。それが不思議な空間や時間を作り出すことができるんじゃないかと。

「森永製菓 太田雄貴杯2014」

── なるほど。写真のそういった特性をうまく用いた表現だったんですね。

フェンシングでのお仕事は、「フェンシングの視覚言語化」というのがテーマでした。剣を通してのやりとりやかけひき、洗練された動き、技の複雑さなどとても知的でカッコいい競技なのに、速すぎて見えなかったり、難しくてよくわからない。そこで「剣の軌跡と技を視覚化し、戦譜を記録する」という表現になりました。いろんな技を実際に見せてもらいましたし、自分でもフェンシングについて「これがアタックオフェールか! これがバレストラか!?」とか、たくさん勉強しました。

── 一つ一つの工程にものすごい手間と時間をかけられていますね。

そうですね。私は一つ一つ時間をかけないといいものが作れませんし、なるべく誠実に向き合いたいと思っています。こっちかなあっちかなとか、考えついたことは手を動かして、実際に試したり、検証したりしないとなかなか鉱脈が見えて来ない。そうやっていろいろ作業しているうちに、あっという間に時間が経ってしまっていて、「あ、やばい!」ってよく言っています。工程としては、まずコンセプトを掘る段階があって、最近はそこをとても大切にしています。それと平行しつつ表現からも探るために手を使って考える。方向性をつかまえたら、あとはいかに質を上げていくか。ここに一番時間をかけます。私たちの仕事は実際に作ったもののアウトプットでしか見る人に届かないので。

── 石大工とか木彫の職人に近いものを感じます。

であれば、うれしいのですが……。もの作りには時間も労力もかかりますし、一個一個の仕事をできるかぎり良くしたいと思っています。本当に、ちょっとのことで良くなったり悪くなったりするので。もう、毎回一歩一歩ゴールするまで険しい登山みたいな心境です。もう少し、もう少し、って少しずつ頂上めざして合格点に近づけていく。

── 社内の先輩から学んだことはありますか?

いま、先輩ADでありCDの小松洋一さんと一緒に仕事させてもらっているんですが、すごく勉強になるし、尊敬しています。私は昔からグラフィックが好きなのでカッコいい表現とか好みのグラフィックとか表現に意識が先行してしまう時もあるんですが、小松さんとの仕事を通じて、そもそもその広告は何を言いたいのか? どういうメッセージを発するのか? というコンセプトやメッセージの部分を徹底的に考えてビジュアルに落としていくことが大事だって改めて強く思います。

カンヌヤングライオンズ(プリント部門 ゴールド受賞作)
WWF/ Easier Than You Think
Joint work with CW-chihiro yabe

── 14年のカンヌ(ヤングライオンズ プリント部門)でのコンペでもそこは重要なポイントだったんじゃないでしょうか?

そうですね。カンヌのときは向こうでコンペがあるのでそこで力が出せないといけないし、社内からは「ゴールド取ってこいよ」みたいなプレッシャーも受けつつ行ってきたんですが、私はプレス部門で出場しました。プレス部門はアウトプットが雑誌や新聞広告という古くからあるプリント広告の部門で、コンセプトがまずあってそれをビジュアル表現でどう定着させるかが重要です。それに様々な社会問題から課題が出る。シリアスな社会問題を前に、そもそもこの広告で何言うのか? どういうメッセージを発するのか? というところの洗い出しが勝敗を分けました。カンヌ以降、仕事の取り組み方が変わり、そもそも何言う? というところを深く考えるようになりました。好き嫌いとか、カッコいい・悪い、だけに終始しない、その広告で届けるものとか使命とかについてまで、より考えるようになりました。できてると良いんですが……。

── 制作スタンスの変化によって、周囲の反応も変わりませんか?

少しは説得力が増したのかなと思うことはあります。「なんかよく分かんないんだよね」みたいなものが減ってきて、ちゃんと意味が微力ながら備わってきたように思います。考えて作っているということが少しずつ伝えられるようになってきたことで、説明責任も少し果たせるようになってきました。同時に、仕事を引き請ける際にも、幅広く受け入れられる素養が出来てきたというか。

自分がやってきたことを評価してもらえることは自信をくれるので、素直にうれしいです。とても励みになります。有り難いなという気持ちの反面、これからも一個一個の仕事にきちんと向き合っていくことが重要だなと改めて思っています。

第27回(2010年度) 読売広告大賞 クリエイターの部 大賞
「TOMBOW文具(ブランド広告)」
共同制作:蓬田智樹(電通)

── 2010年には読売広告大賞の大賞を受賞されています。新聞広告についてどう思いますか?

最近感じるのは、やっぱり新聞に広告を打つということを信頼している企業は多いことです。ここにきて私も新聞広告のお仕事いただくことが多々あったりするんですが、やはり企業としてちゃんとした場で意志を伝えたい、メッセージを伝えたいという場合は、新聞以上のものはないんじゃないかと思います。クライアントに新聞広告を提案する際は、やはりその「信頼感」をキーにして提案することも多いと思います。当然、そういうメディアでは表現も変わってきます。例えば、交通広告や駅貼りポスターやなんかは人が行き交う中で、アイキャッチを設けて行き交う人の目を留めなきゃなりません。長い時間は見てくれないので、早く・強く伝えるみたいな表現を心がけます。一方で、新聞や雑誌は手元で開いて、やはり見る人との距離が近いわけで、新聞はもう少し時間が長いというか、コピーも含めて、読み解けるビジュアルとかもでき、より深く伝えることが出来るのではないかと思います。

── 若い方にそう言ってもらえるとうれしいです。

新聞でも雑誌でもポスターでも紙の媒体はなんでも好きです。新聞広告は全国に届くところや、メッセージ性の強さに惹かれます。ブリーフィングのときに、「新聞(の制作)なんだけど」って言われると「新聞やりたい」ってよく釣られてしまいます。自分が制作した広告が新聞に載った日なんかは、両親に電話して「載ってるよ」って言ってみたり、遠く離れた人にも「載ってるよ」って言うとみてもらうことができる。そういうのってうれしいですよね。最近15段作らせてもらったときもコンビニでたくさん買いました。

── 休暇の過ごし方が充実していることで社内でも有名だとお聞きしました。

よくご存知ですね。ここ数年は年末から1月にかけてまとめて休みをくっつけて1か月ほど海外に旅をしています。去年はネパールから入って、エベレスト街道を歩き、シェルパと標高4000mくらいのところまで3日間かけて登りました。エベレストからの初日の出を拝もうと行ったのに、反対側から日の出が出てきたりしましたが、とても心洗われる景色でした。大変だったのが、旅行直前にインフルエンザにかかってしまって。病院に行って熱だけ下げて行ったんですが、5日目の下山の途中にすごい体調悪くなっちゃって。途中で外国人登山客に針治療とかしてもらいながら下りました。山小屋はもちろんお湯は出ませんが、お湯が出るって書いてあったカトマンズの宿でもお湯が出なくて、最終的に9日間くらいお風呂に入れませんでした……。下山してからはトルコに行って、バルト三国をバスで北上、フェリーでフィンランドに行って、夜行バスでロシアのサンクトペテルブルグに入り、モスクワからシベリア鉄道3等車でウラジオストクまで(イルクーツクでバイカル湖が見たくて一度降りたけど)、都合1週間ロシアの寒冷地で列車に揺られてました。ー28 度まで体感しました。

── 旅好きの学生みたいな行程ですね。針は効きましたか?

あのときは激しく風邪っぽくて起き上がれなくて、日本から持っていった風邪薬、韓国の人がくれた風邪薬、ネパールの人がくれた風邪薬、全部飲みました。針が効いたかどうか、ぜんぜん分かりません!

── 相当ハードでタフな旅程ですね。そういう旅のどんなところが好きですか?

「何でこんな修行みたいなことしてるんだろう、休暇なのに……」って思うこともあります(笑)。でも、一人旅って好きなんです。一人で考える時間が重要だなって思います。名所みたいなものがなくても、その土地や人に直に触れてみたい。見たことないものに感動もしたい。山とか草原とかあまりに壮大な空間にいると俯瞰した気持ちになれるのも良いです。バスとか鉄道とかで移動して、安宿に泊まってまたひたすら移動する。そういうその土地を感じる旅っていましか出来ないと思うし、「生きる」という感じがして好きなんです。

── 無茶やってるとは思わないんですね。

新入社員時代に富士山にも登れたから、ヒマラヤも行けるんじゃないかって思ったらホント辛くて……。ベースキャンプまでも行けてないんですが、ヒマラヤは私の想像を超えてました(笑)。当たり前ですけど、登山って登りだけじゃないんですよね。山並みを歩いて行くので、登って下ってまた登ってっていう繰り返しで、少しづつ登っていく。だから下りも登山なんです。でもヒマラヤはもう一度行きたいです。次はベースキャンプまで。

── 世界何周かしてそうなバイタリティーです。ちゃんと、すぐ社会復帰できますか?

私にとって旅は俗世にまみれたものを全部洗い流し、リセットして帰ってくる風呂のようなもの。旅から帰ってくると、つるっとした表情をしてるのか、「ストレスない顔してるねー」って言われます。あと、今回のヒマラヤで良かったなと思ったのは、「こんなに辛かったんだからどんなに辛くてもまだイケる」みたいに思えることですかね(笑)。

── タフネス! 職人仕事の真骨頂が垣間見えたような気がしました。次はどのあたりを攻めたいですか?

7月くらいにパタゴニアとかに行けたらいいなあと思ってます。あとは来年30歳記念にインドとか。

Yuri Uenishi

1987年生まれ。多摩美術大学(グラフィックデザイン専攻)卒業後、10年に電通入社。これまでの主な仕事に「世界卓球」「森永製菓 太田雄貴杯」「日本ガラスびん協会」など。2014年カンヌライオンズ(ヤングクリエイティブコンペティション-プリント部門)でゴールド獲得。15年にADC賞、16年のJAGDA賞、JAGDA新人賞を受賞。

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