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コラム数字を読む

(Sun Apr 06 12:36:00 JST 2014/2014年4・5月号 数字を読む)

Vol.2 本川 裕 統計データ分析家

写真:厚生労働省図書館にて

Yutaka Honkawa

1951年生まれ。東京大学農学部農業経済学科卒業。同大学院単位取得済修了。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、現在、アルファ社会科学株式会社主席研究員、立教大学兼任講師などを務める。インターネット上の統計データサイト「社会実情データ図録」を主宰。著書に『統計データはおもしろい!』(技術評論社)、『統計データが語る日本人の大きな誤解』(日本経済新聞出版社)など。

Yutaka Honkawa

  統計科学には、理学的側面と工学的側面とがあると思います。橋を架けるには、物理や化学などの理学を基礎にしながらも、構造、材料、地形、気象、河川、コスト、過去の歴史などについての総合科学である橋りょう工学が必要です。また、医者の仕事には、生物学を基礎にしつつも臨床医学の知識と経験が必要です。統計データを扱うにも、理学的な側面の強い統計学とともに、データ収集法、実際の統計調査に関する知識、統計グラフの使い方、データの誤用などに関する工学的知識が必要ですが、私が専門にしているのは、科学として未分離、未確立の、こうした統計工学です。
  本稿では、統計工学的な知識の一端として、高齢化などの特定要因を考慮に入れた統計データの分析の仕方を取り上げましょう。

高齢化に影響するデータをどう扱うかが重要。がん死亡率は本当に増えている?

  日本の近年の経済現象、社会現象のデータ推移を追うときには、必ずといってもよいほど、高齢化の要因が働いていないかどうか、また高齢化の要因がどの程度影響しているかに気を付ける必要があります。日本の人口構造は、戦後すぐに生まれた団塊の世代が多いことに加えて、その後、1970年代以降、極めて急速に少子化が進んだという特徴をもっており、そのため、高齢化(65歳以上人口の比率が上昇するという基準で見ることが多い)の程度とスピードが世界一となっています。このため時系列推移の分析にせよ、国際比較にせよ、高齢化が影響するすべてのデータで高齢化要因をどう扱うのかが不可欠の注意事項となっているのです。

  日本人の最大の死因である「がん」による死亡者数、死亡率は年々増加の一途を辿(たど)っており、がん撲滅は国民的課題となっています。
  しかし、これは、そもそもがんの死亡率が高い高齢者の人口割合が増えているためであり、高齢化による影響が大きいのです。人口10万人当たりの死亡率を粗死亡率といいます。これに対して、もし日本人の年齢構成が不変であったら死亡率はどういう値であるかを計算した指標を年齢調整死亡率と呼びます。こちらで5年おきにたどると、がんの死亡率は、男では1995年をピークに低下、女ではなんと1960年以降、低下し続けているのです。すなわち同じ年齢であればがんで死ぬ確率は低下してきているのです。
  男女の比較でもこの考え方は有効です。図1に付記した数値から、男のがん死亡率は女の1.55倍です。男性は女性よりがんで死ぬ確率が約6割高いと述べるのは正しいでしょうか。平均寿命が長い分、女性の方が高齢化が進んでいます。さすれば、同じ年齢ではもっと男性のがん死亡率は高いのではないのでしょうか。図1の年齢調整死亡率でがん死亡率を計算すると、男は女の1.95倍となります。すなわち、年齢を考慮すれば何と男は女の約2倍もがんで死にやすいことになります。男女の心身の違いばかりでなく、たばこ喫煙率など生活状況の違いが加わって、こうした大きな差が生じているといえるでしょう。
  次に、年齢調整後の値よりもっと分かりやすく高齢化の影響を除く仕方として、直接、年齢別のデータを見るという方法があります。二つの例を示しましょう。

日本人の摂取カロリーは? 自殺者数は? 年齢要因を考慮すると……。

  食べ過ぎの欧米人から見るとうらやましいほどに日本人は従来と比べるとあまり食べなくなっています。これは農林水産省が農産物の生産・貿易などから計算した食料需給表の供給カロリーでも厚生労働省が世帯対象に調査している栄養調査の摂取カロリーでも同じ傾向が出ています。これは食べる量の少ない高齢者が増えているためではないかという疑問が生じます。そこで、年齢別に2区分した値を算出してみると、図2のように、高齢者であるか否かに関わりなく摂取カロリーは減少していることが分かります。両者の摂取カロリーの違いが小さくなっていることも分かります。全世界が知りたいと思っているのですから、これを前提に、日本人が豊かな社会にもかかわらず食べ過ぎを控えることが出来ている要因を何としても突き止めなくてはなりません。
  自殺者数が毎年3万人以上と過去最多の時期が続いたので自殺が大きな社会問題となりました。私は年齢要因を考慮すると必ずしも自殺は増えていないと主張しています。図3に75歳以上の高齢者と45〜54歳の中年層の自殺率の推移を示しましたが、大きかった両者の差は戦後一貫して縮小し、21世紀に入って逆転しました。自殺が減っている年齢と増えている年齢があることを無視して自殺を論じることは出来ないでしょう。こうした場合、がん死亡率とは異なり年齢調整自殺率自体もあまり意味がないことになります。

日本は社会保障が最も充実していない国って、本当?

  最後に、もう一つ高齢化要因を考慮に入れた分析を行う方法を紹介しましょう。それは散布図、あるいは相関図を使う方法です(相関関係を確かめるために描かれる散布図を相関図と呼びます)。相関図は必ずしも因果関係をあらわす図ではありませんが、原因と結果のうち原因に近い方の指標をX軸にもってくるのが慣習となっています。
  日本の社会保障支出はOECDの定義によれば、2009年に、対GDP比で22.2%とほぼOECD平均の22.1%と同じです。それでは、日本の社会保障の充実度は社会保障支出の額からいえば平均的であるといえるでしょうか。

  実は、社会保障支出は高齢化とともに増加するのが普通です。なぜなら社会保障は、税を通じるにせよ、保険でまかなうにせよ、お金を稼げる人から稼げなくなった人への社会的援助であり、主要部分は、生活保護など貧富の差の解消というより、現役世代から退職後世代への援助の性格が強い年金や医療、介護だからです。
  高齢化率をX軸に取り、Y軸に社会保障支出の対GDP比を取った相関図(図4)を掲げました。これを見れば一目瞭然であるように、OECD諸国では高齢化比率が高いほど社会保障支出も大きいという傾向があります。この傾向を、もっともあてはまりがよい直線で示したものが図中の一次回帰線です。高齢化要因を考慮に入れるとこの一次回帰線より上であれば社会保障が充実しており、下であれば、充実していないことになります。日本はこの一次回帰線から下への乖離(かいり)度が最も大きい国であり、そういう意味では、社会保障が最も充実していない国と見なすことが出来ます。将来もっと高齢化が進むことを事前に予測して、社会保障を抑えているからでしょうか。同じアジアの韓国も日本と同様に高齢化の程度と比較して社会保障の充実度が低い国です。自助、共助を重視し、公助である社会保障にはあまり力を入れないのがアジア共通の特徴なのではなかろうかと私は推測しています。
  相関図による分析は、年齢別のデータが得られない場合にも可能です。皆さんも高齢化の要因があると思われるデータについては、どんどん高齢化率との相関図を描いて分析を試みてはいかがでしょうか。