通じ合うチカラ

2010.2・3/vol.12-No.11・12

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心を揺さぶる表現

 相手に伝わり、心を揺さぶる表現と、伝わらない表現の違いはなんだろう?
 ポイントはこの三つ。

 1 自分の「根本思想」に忠実か?
 2 相手から見て「メディア力」はあるか?
 3 「くれ文」でなく「与え文」か?

 それぞれくわしく説明するが、まず伝わらない表現から、心を揺さぶる表現へ、劇的に変化した例から紹介しよう。
 私のワークショップに、妹さんが重い拒食症だという女性、Aさんが来られた。
 Aさんが妹さんに伝えたいことは、「とにかく食べてくれ」。妹さんは、医師が「これ以上体重が減ると生命に危険がある」という基準を割って体重が減り続けていた。お父さんが諭すように「食べろ」と言い、お母さんが泣きながら「お願いだから食べてちょうだい」と頼み、しかし家族の願いは伝わらない。そこでAさんには、自分の心に問いかけ、「本当に言いたいこと」を引き出すワークをしてもらった。

イラスト
タイトルカット&イラスト 伊野孝行

 本当に言いたいことは、自分という氷山の底にある。自分でもなかなか把握しきれていない根本の想いだから、表現用語で「根本思想」と呼ぶ。
 Aさんは1時間以上かけて、自分の氷山の底に問いかけていった。妹さんとの過去・現在・未来を思い浮かべては、自分の心の底にあるものを、引き出し、言葉にしていったのだ。
 その果てに、「言いたいことがとてもはっきりした!」と顔を輝かせて私の前に立った。Aさんは「妹に本当に言いたかったのは、食べ物を口にしてほしいということではなかった」と言い、確信に満ちてこう言いきった。いま妹に言いたいこと、それは、
 「家族はあなたが大切だ、愛している」
Aさんはその想いを手紙に書き、伝え、結果から言うと、妹さんは、体重を盛り返しどんどん快方に向かっているそうだ。
 就職して1年目の男性Bさんは、先輩にありがとうを伝えたいと言った。入社1年、失敗ばかりで役に立たない自分は、その先輩に迷惑をかけどおしなのだと。やはりBさんも、自分に問う作業をやり、その果てにこう言った。
 「いま、先輩にありがとうと言ったところで、自分が先輩の立場だったら、たいしてうれしくないということに気づきました。なぜなら僕は入社してから何一つ成果を出していない。こんな自分がありがとうを言っても深くは届かない。なにかひとつ、ささやかでもいいから成果を出して、そのタイミングを逃さず、自分が成果を出せたのは先輩のおかげです、ありがとう! と伝えたい」

 「何を言うかより、だれが言うか」が肝心なときがある。Bさんは、たとえ遠回りでも、まず「自分という人間の信頼性=メディア力」を高めてから伝える道を選んだのだ。
 女子学生のCさんは、おばあさんに感謝を伝えようとしていた。最初、言いたいことは、「あなたをもっとしあわせにしたい」だった。立派なメッセージだが、もうひとつしっくりしない。そこで根本思想を探るうち意外なものが見えてきた。それは贖罪だった。Cさんはもう一人、別の祖母の死に際に、自分が力になれなかったことを深く後悔していた。だから、その投影で暗黙のうちに「許してほしい」という信号を発していたのだ。それを自覚したCさんは、今度はおばあさん本位で考えていった。おばあさんとの思い出をたどったり、おばあさんの気持ちを考えたり。保育園の送り迎えの時間、幼児と老人だからあまり言葉を交わすことはなかったが、だまっていても至福感につつまれていたことなどが思い出された。最終的に、Cさんはすっきりとした表情で言った。いま、おばあさんに言いたいことがとてもはっきりしたと。それは、
 「あなたといると幸せです」

 このように私は、表現教育の現場で、数々の一般の人の、「言いたくても届かない表現」が、「伝わる・揺さぶる表現」へと変わる瞬間に立ち会ってきた。そこで言えるのは、本当に言いたいことは、あなたの心の奥底に必ずある! ということだ。だからあきらめないで探してほしい。それをつかみ出したとき、技術を超えて相手の心を揺さぶる!多くの人は、あさっての方向を探したり、借り物で済ませたり、自分の根本思想に向き合おうとしない。伝わらないと、「自分の本当に言いたいことは、これしかない」とはっきりするまで、「自分に問う=考える」ことを続けていこう。
 そして自分の「メディア力」を高めること。相手からの信頼を勝ち得ていかなければ言葉は届かない。「わかってくれ」を繰り返す前に、仕事で成果を出す、やるべきことを行動で示す、など、信頼の橋を架ける、具体的な行動を重ねていこう。
 最終的に伝わる文章は、「くれ文」でなく、「与え文」になっている。「わかってくれ」「認めてくれ」「許してくれ」「愛情をくれ」、気づいてみると、私たちは、根本思想にものほしそうな欠乏感を抱えた「くれ文」を書いている。読んだ人を煩わせ、エネルギーを奪う文章だ。しかし、おばあさんに心の底で「許してくれ」と言っていた女子大生が、その気持ちに気づき、最終的に「あなたといると幸せだ」と、生きる活力を与える文章を書いたように、ほんの1ミリでもいい、相手に活力を与える表現を、ゴールとして志していこう。
 伝わらないと苦しむとき、それは、本当に言いたいことか? 相手から自分は信頼されているか? 信頼されていないとすれば、何が原因か? どうすれば信頼の橋は架かるか?最終的に、「くれ文」でなく、力を与える表現になっているか? 問いかけて突破口をつかもう。
 いまのあなたにしか言えないことがある。あなたの言葉を待つ人が必ずいる。
 想いは、通じる!

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