特集

2009.10・11/vol.12-No.7・8

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企業にとっての生物多様性

生物多様性をどうコミュニケーションするか

 これまでの広告は、商品を売ったりサービスを利用してもらったりするために、そのコミュニケーション技術を磨いてきた。では、「生物多様性」という社会全体で取り組まなければならない問題に広告はどこまで力を発揮できるのか。「地球温暖化防止国民運動(チーム・マイナス6%)」に立ち上げ直後からかかわってきた博報堂DYメディアパートナーズの川廷昌弘氏に聞いた。

――「生物多様性」という言葉ですが、どの程度認知されているのでしょうか。

 今年の6月に内閣府が「環境に関する世論調査」を発表したのですが、それによると「生物多様性の意味を知っている」と答えた人は12.8%で、まだ知っている人はそう多くない状況です。また、少し前の調査になりますが、06年に環境省が実施した「企業の生物多様性に対する認識」という調査では、8割の企業が「生物多様性の取り組みをしていない」、7割が「生物多様性は自社の活動との関連性は低いと考えている」と回答しています。しかし、実際は、原材料の調達から、その輸送、製品化、流通に至るまで、ほぼすべての過程で企業活動は生物多様性と関係しているわけです。
 ぼくは「チーム・マイナス6%」に広告会社のメディア・コンテンツ担当としてずっと携わってきたのですが、その経験で言うと、「地球温暖化」という言葉を多くの人に理解してもらうのにもずいぶん時間がかかりました。やはりきっかけになったのは、科学的な研究の成果であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の衝撃的なリポートをもとに、多くのメディア・コンテンツに携わる方々と、すべてのターゲットに向けて様々な発信を工夫したこと、それにアメリカ合衆国元副大統領アル・ゴア氏原作の映画「不都合な真実」が話題になったことも大きかったですね。
 ですから、「生物多様性」のように、世の中にあまり知られていない重要な概念をコミュニケーションするときには、コンテンツが非常に大事だと思っています。

誰にどう気づいてもらえるか

――「生物多様性」を簡潔に説明するのも難しいですね。

 理解を促進するいいコンテンツを作るために、「生物多様性」をどう噛み砕くかですが、ここでは二つの考え方を提示してみます。一つは、この概念は日本人が世界で一番理解しているのではないかと思うことです。例えば「いただきます」。これは食事を作ってくださった人への感謝はもちろん、いただくいのちに感謝する言葉ですね。この精神こそ生物多様性を語っているのではないでしょうか。そしてもう一つは、例えばヒトの遺伝子が多様ではなく単一だったら、と逆説で考えてみてはどうでしょうか。そうすると、忍者の分身の術ではないですが、みんな同じ顔、形になり、世の中クローンだらけになる。そこに未知のウイルスが広まったら、ヒトという種はたちまち死に絶えてしまいます。
 これらはあくまでもたとえですが、子供に対して説明するときと大人に対して説明するとき、あるいは勉強熱心な人たちに説明するときでは、伝えるキーワードや伝え方が違うと思うのです。コミュニケーションというのは、だれにどう気づいてもらえるか、気づきのポイントを作るということが大事だと思うんですね。もしかしたら子供たちには、言葉で説明するよりも、フィールドに出て、実際の動植物を見てもらう方が理解が早いかもしれません。
 この夏、日本自然保護協会、読売新聞、NTTレゾナント(キッズgoo)が共同で、観察記録を募集する「自然しらべ2009『身近な探検 湧き水さがし!』」という市民参加型の環境教育プログラムを実施しました。このプログラムのすばらしいところは、ただ湧き水を探そうではなくて、全国各地の湧き水の周りにどういう植物や昆虫がいるかも調べようと呼びかけている点です。そうすることで、各地の水によって支えられている多様な生態系を学べる。そういうことが、生物多様性を理解する入り口になると思います。
 それから、現在作業が進んでいるTEEB「生態系と生物多様性の経済学」の最終報告が理解の鍵になることを期待しています。

7月2日 朝刊
7月2日 朝刊

「生物多様性」は革命的概念

――勉強熱心な人たち向けだと、「生物多様性」は、どういう説明になるのでしょう。

 「生物多様性」は英語で「Biological Diversity」を略して「Biodiversity」と言うのですが、86年にアメリカ科学アカデミーとスミソニアン研究所の共催で「National Forum on Biodiversity」というフォーラムが開かれ、そのとき「Biodiversity」という言葉が初めて使われたそうです。「生物多様性」という言葉は、絶滅と多様性の危機という問題が提議された「保全生物学」という分野が確立して生まれ、それまで「原生自然」「絶滅危惧種」などの議論だったものが、種が成り立っているプロセスを重視するダイナミックな方向に変わってきたと言われ、「生物多様性」という言葉がなければ、この概念はここまで普及しなかったと言われています。

――なるほどと思いますが、やはり難しいですね(笑)。

 「生物多様性」という言葉は難しい、説明しても、それこそ多様な意味が想像されてわからないとよく言われるのですが、ぼくは、それでいいと思っているんです。「生物多様性」という言葉が流通することが普及啓発だと思っていて、意味はあとから理解すればいい。「それってなあに」と言い続けたほうが普及啓発になる。「生物多様性」が、地球の未来を考えていく上で大事な言葉だとしたら、この言葉を伝えることから逃げてはいけないと思うんですね。

みんなで世の中ごと化を

――「生物多様性」は「地球温暖化」と同じくらい重要な地球規模の課題だと思うのですが。

 生物多様性は地球温暖化の問題とよく比較されるのですが、コミュニケーションという視点から見ると現時点では根本的に違うと思っています。地球温暖化は、国際社会で経済的な数値目標を各国で約束した京都議定書があって、その目標達成のための普及啓発活動です。具体的なゴール、目標ができています。
 それに対して生物多様性は、まだ具体的な何かが設定される前の段階です。環境省では、「地球のいのち、つないでいこう」をコミュニケーションワードにして、「生物多様性に関する国民運動」を展開していますが、まだ、「生物多様性」という概念を知っていますか、知ってくださいという段階、「生物多様性」を守ることの大切さに気づいた人は、一つの主体となって発信してくださいとお願いをしている段階だと思います。

――「生物多様性」の普及啓発には困難がつきまとうのではないかと思うのですが。

 多くのプレーヤーと握手するのも多様性だとぼくは考えていて(笑)、様々な方々と一緒にやりましょうと声をかけ合っています。「生物多様性」のような複雑な課題を“世の中ごと化”するのは、一つの広告会社だけでは難しい。それに気付いたプレーヤーが主体になってそれぞれ得意領域で動いていこうという話をしています。
 多くの広告会社がかかわることで多様なコミュニケーションが生まれる。こっちのキャンペーンで気づいた、あっちのキャンペーンで気づいたという人たちを世の中にたくさん増やしていくことができる。当然、広告の仕事ではお互い競争するという前提ですが、“世の中ごと化”では協力し合おうということです。そういう動きが広告会社だけでなく、メディアにも広がればいいと思うんですね。

――「気づいた人が主体となる」というのは?

 「自分ごと化」して行動に移すということですが、「自分ごと化」「行動化」「可視化」というのは、「チーム・マイナス6%」のキーワードです。地球温暖化を世の中の関心事にして、危機意識をそれぞれ個人個人の問題としてとらえる人を増やす。そして「自分ごと化」した人は主体となって行動に移っていく。そしてその行動を「可視化」、つまりCO2の数値で表して成果を感じて持続してもらう。こういったコミュニケーションプロセスを大事にしてきました。その中でも「行動化」は大事でした。それで「クールビズ、ウォームビズ」「蛇口はこまめにしめる」「エコドライブ」「省エネ製品の購入」「過剰包装を断る」「コンセントをこまめに抜く」という六つのアクションを呼びかけました。
 地球温暖化の場合は、数値目標があってCO2という仮想敵が明確だったから、それを減らせば地球の危機は救えるというコミュニケーションができました。それでも難しいと悩んでいましたが、しかし「生物多様性」の場合、概念が複雑な上に、そういう仮想敵が見えにくい。その仮想敵も、どうも一つや二つではなさそうなんですね。
 もしCOP10で数値目標が出てくるとなれば、京都議定書のときの決定プロセスの経験もありますから、経済界からも働きかけがあるでしょうし、「ABS(遺伝資源へのアクセスと利益配分)」という南北問題も絡んだ重要議題があるなど、地球温暖化問題以上に難しいコミュニケーションになるだろうと思っているんです。

ステークホルダーを「つなぐ」

――「生物多様性」のように、世の中にとって重要な大きなテーマを、どうコミュニケーションしていけばいいと考えていますか。

 「つなぐ」という言葉がキーワードになると思っています。今まで広告やメディアは伝えることが主な仕事でした。しかし、ただ伝えるだけでは人は動かないんですね。
 具体例を言うと、例えばNGOの活動と一般の人たちをつなぐことも、これからのメディアや広告会社の役割になると思っています。
 国連生物多様性条約のジョグラフ事務局長も言っていますが、生物多様性ではNGOなどの市民活動家がキーパーソンになるのは間違いありません。生物多様性は、机の上では何もわからない。やはり現場に立って、命の連鎖を目の当たりにして、自分ごと化して、それを伝えていくことが大事で、だからこそ、泥にまみれるような活動をしているNGOの人たちの声が重要になるのです。
 今年1月、名古屋で「生物多様性条約市民ネットワーク」が結成されたのですが、この活動はCOP10に向けては非常に大きな役割を果たすと思っています。これまでNGOのネットワークにメディアや広告会社が入ることはありえなかったのですが、市民ネットワークの人たちから、「自分たちだけでは限界がある。伝えるプロが中に入って、一緒になって中から発信してほしい」と声をかけてもらって、ぼくも結成当初から議論に参加しています。
 そこで実感したことなのですが、現場に立つ人たちというのは思いが熱いですから、議論がしばしば空転し、出口のない議論になってしまいがちで、そこで語られている専門的な言葉をそのまま使っても、外の人間にはわからないことが多いということです。

――確かに私たちには難しいと感じることもありますね。

 NGOの方々の言っていることは正論でとても勉強になります。その正論をどう一般の人たちがわかる言葉に翻訳するかが大事だと思っています。
 行政や業界にものを言う場合も、NGOのスタンスはフラットだと思うのです。それをぼくは「地球市民」と理解しています。地球上に存在する命として誰もが平等だということですが、NGO活動というのは、社会的地位ではなく、この一本の木を守ることに対する知識の量や情熱によって支えられる。その命に対する思いの強さが、その活動を成立させていると思うのです。
 だから「つなぐ」とはどういうことかに話を戻せば、いろいろなステークホルダーの中に入って、活動や発信するメッセージの本質を理解して、ほかの集合体の人たちにわかる言語で伝えていく。最近はステークホルダー・エンゲージメントという言葉が使われています。さまざまな集合体の人々との「絆」づくり。これは企業にとって重要な課題の対応策にもなっていきます。

広告の新しい役割へ

――地球温暖化や生物多様性では、これまでの広告とは違うコミュニケーションが求められるような気がしますね。

 人類が直面している地球の危機ですから、今までの考え方で進める業務ではないと思います。「生物」と言っているので、生き物の問題と考えてしまいがちですが、「生物多様性の保全」とは「持続可能な社会」そのものを指していると考えています。つまり地球温暖化、生物多様性の問題が企業に突きつけているのは、経営のあり方だと思うのです。持続可能な経営が今後のキーになってくる。それに合わせて、われわれ広告会社も変わることが求められているのだと思います。
 商品を売ることをサポートしていくことは、今後も広告会社の重要な役割としてあり続けるでしょうが、今後は、企業も人間社会の中だけで成立している組織体ではなく、あくまで生態系の中で存在している組織体だという理解が必要になってくる。広告会社の仕事も、企業競争の中で一番ではなく、生態系の中で企業が持続可能な経営ができるお手伝いをするという方向に変わっていかなければいけないということです。
 そこで必要とされるコミュニケーションというのは、これまでの売らんかなの発想では解決できない複雑なコミュニケーションになっていく。そこで力を発揮できなければ、広告の存在意義はない。逆に言えば、広告の新しい役割が、そこに広がっていると思うんですね。

Masahiro Kawatei
1963年兵庫県芦屋市生まれ。86年博報堂入社。営業局、テレビ局を経て、博報堂DYメディアパートナーズ勤務。08年の環境コミュニケーション部創設で部長に就任。05年の環境省「チーム・マイナス6%」に立ち上げ直後からかかわり、現在は環境省「チーム・マイナス6%低炭素社会づくり」メディアコンテンツ統括責任者、林野庁「山村再生支援センター」コミュニケーションマネージャーなどを務める。社団法人日本写真家協会の会員でプロの写真家でもある。


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