立ち読み広告 2007.3/vol.9-No.12

時代小説と文庫書き下ろし。

 2月11日の朝刊、20、21面を読んで、感無量というか、いろんなことを思い出し、考えた。
 この見開きは公開対談「新!読書生活」の第9回を伝える記事。活字文化推進会議が主催するイベントだ。対談には、本紙日曜版の長井編集長と作家の佐伯泰英が登場している。下5段は光文社、祥伝社、徳間書店、双葉社の各文庫の広告なのだが、すべて佐伯泰英の時代小説に関するものである。壮観だ。
 1980年代、日本のエンターテインメント小説界では空前の冒険小説ブームが起きた。北方謙三や船戸与一、逢坂剛、森詠、志水辰夫などが、翻訳ものに負けない冒険小説を次々に発表した。私も貪るように読んだ一人だ。
 一群の作家のなかに佐伯泰英がいた。『復讐の秋パンパ燃ゆ』や『暗殺の冬カリブへ走れ』など、世界を舞台にしたスケールの大きな冒険小説を発表していた。
 ところが、その後いつのまにか私は、佐伯の新作を読まなくなった。

時代小説作家の誕生

 佐伯の名前をしきりと書店で見るようになったのは数年前だ。それも文庫売り場で。気がつくと、驚くほど多くの文庫が、しかも時代小説が、佐伯の手で書かれていた。
 この長井との対談で、その事情が明かされている。佐伯の冒険小説は売れなかったらしい。とうとう98年の秋、編集者から最後通牒を突きつけられた。もう本は出せない、と。そのとき編集者が言ったのは、「残されたのは、あと官能小説か時代小説」。そこから佐伯泰英の時代小説作家人生が始まった。
 ただし、佐伯の時代小説はほとんどが「文庫書き下ろし」という体裁。通常、小説は雑誌連載か書き下ろしで単行本になり、売れ行きが良ければ2年半か3年で文庫になる。ところが90年代後半、文庫化するタマ不足と出版不況に遭遇した出版社は、文庫書き下ろしを始めた。佐伯はこの新しい媒体と見事に合致し、きっかけとなった祥伝社文庫だけでなく多くの文庫で時代小説を量産するようになった。昨夏には累計1000万部突破という偉業!
 文庫というのは不当におとしめられている、と私は常々思っている。たとえば、多くのランキングリストから文庫は除外されている。同じペーパーバックでも新書はリストに入っているのに。文学賞に選ばれることもない。それでも佐伯はコツコツと書き続けている。
 4社の広告を読むと面白い。祥伝社は佐伯が時代小説を書くきっかけとなった編集者、猪野正明の文章とともに、「密命」シリーズ、「秘剣」シリーズを並べている。光文社は「狩り」シリーズ、「吉原裏同心」シリーズを並べ、新作『秋帆狩り』をイラスト付きで一押し。徳間書店は「古着屋総兵衛影始末」シリーズ全11巻のカバーを並べて迫力満点。双葉社は「居眠り磐音江戸双紙」シリーズを押しつつも「まずは、ここからお読みください!」と第一段の『陽炎ノ辻』を紹介。同じ作者の広告でありながら、それぞれの出版社の色というか癖のようなものが出ていて実に興味深い。
 この見開きは、佐伯泰英ファンにとってはもちろん、時代小説や大衆文化の研究家にとっても永久保存版だ。

2月11日 朝刊
もどる