CURRENT REPORT 2007.3/vol.9-No.12

南信州の地域に根ざし“神の食べ物”を広く世界へ
 最近、ハンバーガーやピザに代表されるファストフードに対し、“スローフード”という言葉をよく耳にするようになった。
 効率性や生産性を重視するあまり、世界中の味の画一化を推し進めるファストフードから、それぞれの土地の歴史や文化、風土にまつわる由緒ある農産物や伝統料理の多様な味の世界を守ろう、というのがスローフードの運動理念だ。
 北イタリア発のこの静かなムーブメントは日本にも広く浸透し、今、各地で地元の食文化を見直す動きが活発化している。また、スローフード運動は、効率性ばかりを求めるこれまでの生き方や社会のあり方を見つめなおす“スローライフ”という考え方が生まれる契機となり、地域づくりにも影響を与えている。
 南アルプスと中央アルプスの山々を天竜川によって刻まれた伊那谷に位置する長野県飯田市で、南信州のスローフードを使ったより良い地域づくりを目指しているのが、食品通販業を営むケフィア・アグリだ。
 そこで、代表取締役を務める鏑木武弥氏に、農へのこだわりと、南信州の地域づくりへの熱い思いを語ってもらった。


ケフィア・アグリ 代表取締役 鏑木 武弥氏 ――農業を始められたきっかけは
 大学では政治学を専攻していましたが、学んでいくうちに、農のあり方を問わないと、政治というものの実態が見えてこないなと痛感したんです。
 そこで、フィールドワークとして有機農業の盛んな山形や外国の農場を訪ねているうちに、自分の中で農業というのが大きなテーマになり、いつしか畑で生きていけたら良いな、と思うようになったんです。

――長野県飯田市を選んだ理由は
 私自身は東京出身なんですが、農業をやろうと決意したときに日本中グルーッと回って探したんですよ。農林水産省が発表している農林業センサスなども参考に、気象条件にも恵まれている場所をいくつかピックアップしたら、飯田が目に付いたんです。降水量も安定しているし、日照量もある。作物の成長に重要な寒暖の差も十分だと。幸いにも周囲には広葉樹の雑木林がたくさん残されているので、ここなら次の時代の農の可能性があるのではないかと。
 そこで、実際に来てみたら、飯田の人々が実にすばらしかった。中山道や天竜川の交流の文化があったからか、私みたいな東京の人間が行っても、のけ者にすることなく、といって息苦しい人間関係を押し付けることもなく、それぞれの多様性を認め合いながら、互いにきれいな間をとっている。実に居心地が良いわけです。だから、ここで暮らしてみようと決意したわけです。

――通販で一番人気の市田柿も飯田周辺の特産物ですね
 南信州では、農家ではなくても庭に2、3本の柿の木が植わっているんですよ。江戸時代の文献にも、立石寺というお寺に柿を集めて江戸の柿問屋まで運んだと記されているぐらい歴史があります。
 弊社でも、おかげさまで昨年は50トンの市田柿を販売することができました。今年は200トンの販売計画を立てています。
 柿は学名を「Diospyros kaki」、日本語で「神の食べ物」を意味する果物ですが、私も柿を知れば知るほどその意味を実感します。色だけをみても、このオレンジにかなう色は無いでしょうね。

――新聞広告の反響も高いようですが
 これだけ皆さまの支持を受けたということは、一つには新聞広告に込めた我々の思いが伝わったということなのかな、と思っています。
 実は、毎月出している新聞広告は、私が文章を考え、妻がイラストを描いているのですが、毎回お客様へラブレターを渡すつもりで作っています。素人がやるものですから技術的にはお恥ずかしいものですが、行間には「好きよ 好きよ」という気持ちを込めています。
 今後も伝える技術は磨いていきたいと思いますが、小手先のテクニックよりも、現場のリアルな感性を大事にしたいですね。今回から始めた4コマ漫画「りんごろうの冒険」も妻に描いてもらっていますが、中に出てくる屋根を切り取った軽トラックも、毎日市田柿を見ているからこそ描けた表現だと思います。リアルなものこそ強い力が宿るのではないでしょうか。

――将来は地域づくりも考えているとか
 南信州は今まで良い意味で中央との距離感が残っていたんですよ。そのおかげで、柿も自然も残されてきた。しかし、近い将来、第二東名高速道路とも三遠南信自動車道でつながりますし、リニア中央新幹線の予定ルートにもあたっています。完成した暁には、南信州は大きく変わるでしょう。
 私は、そうなる前に何かこの地に仕掛けないといけないと考えています。残念ながら飯田市でも、後継者のいない農家の畑や柿の木が荒廃地に変わっている現実があります。そこで、行政や国際協力機関などと協力して、農に関心のある若い人たちが簡単に移住し、農業に携わることができるシステムを作りたいと考えています。
 もし、これが実現すれば、市田柿を世界中の人々に味わってもらうことも夢ではなくなるかもしれません。結果として地域づくりに少しでも貢献できたなら、こんなうれしいことはないですね。

市田柿 1月18日 朝刊

(佐藤)
取材メモ
 ケフィア・アグリはケフィアヨーグルト、メープルシロップなどを通信販売しているケフィアグループの一員。南信州の特産物である市田柿やりんごのほか、いわし角煮や昆布などの農水産物を、新聞広告や会員向けカタログ、インターネットなどを介して販売している。ケフィアヨーグルトのたね菌を食べている鶏が産んだ「ケフィアのたまご」も定番商品になっている。
 今回お話を聞いた鏑木氏は、出版社に勤務後、国内で営農活動を経たのち、青年海外協力隊員として南米パラグアイで農業指導を行う。帰国後は飯田市に転居し、「かぶちゃん農園」で野菜栽培に従事する一方、ケフィア・アグリを立ち上げた特異な経歴の持ち主である。2006年11月には飯田市川路に新社屋「柿プラザ」も完成させている。
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