From Overseas - London 2006.12/vol.9-No.9

人気を博する図鑑付録

 英紙「ガーディアン」のマーケティング・ディレクターであるマーク・サンド氏によると、「タコやイカやイルカやクジラや猛禽ほどに平日の販売部数を押し上げたものはなかった」。
 新聞宅配率が約13%と低いイギリスでは、駅の売店、スーパーマーケット、商店街の雑貨屋などで新聞を買うのが一般的だ。94%の日本だけでなく、52%のフランスなど他の先進国と比べても極端に低い(世界新聞協会「ワールド・プレス・トレンド」より)。
 通常は読み慣れた新聞を手に取るのだろうが、何らかの原因で読者は「浮気」をする。その主な原因として考えられるのは特ダネ、何らかの付録などだろうか。特に、冒頭のサンド氏が「新聞業界の麻薬」と呼ぶ映画DVDの付録は効果が絶大で、「ガーディアン」の販売部数歴代上位5日は、すべて映画DVDがはさみ込まれた日だったそうだ。これらの日の部数は、米同時多発テロや1997年の労働党の歴史的圧勝の翌日の部数をしのぐ。
 さて、今年の5月、「ガーディアン」が部数増加のための新たな手法を導入した。冒頭の「タコやイカ」がそれである。
 この図鑑ポスターが初めて配布された5月15日から19日の週には、読者は「サメ」「小鳥」「蝶」「キノコ」「海の魚」の5種類を手に入れた。1枚の大きさはA1(ブランケット紙見開き)である。この週の同紙の部数は1日につき2万部ほど増加。通常の同紙の部数は33万部程度なので、約6%の部数増につながったことになる。この図鑑の人気は、オークション・サイトにて5枚セットで1000円程度の値が付いたことからもうかがわれる。
 さて、なぜ壁張り図鑑なのか。
 イギリスは、先進国の中で新聞部数の落ち込みペースが速いグループに入っている。2001年と2005年の日刊紙総販売部数を比較すると、日本が2.8%、アメリカが4.0%、フランスが7.4%、ドイツが9.6%、イギリスが9.9%のそれぞれ減少となる。よって、新聞社の危機感が他国に比べて強く、各紙は部数や企業としての収入増加のために様々なアイデアを試している。
 部数回復の特効薬として各紙が用いてきたのが映画DVDの付録だったが、これには賛否両論があった。効果が一時的なこと、経費がかかること、新聞報道と全く関連性がないこと、部数を増やしてくれる読者の多くが新聞を読まずに捨ててしまうと推察されること、などが理由である。「麻薬」と称されたゆえんだ。
 「ガーディアン」がDVDの代わりとなる付録に求めたのは、部数を増加させると同時に高級紙としての「ガーディアンらしさ」を保てることだ。
 教養を高めるのに役立つこのポスターは、特に子供のいる家庭で人気があるようである。しばらく後の紙面で、「うちの6歳の双子が遠足でとった蝶を『アゲハチョウ』だと分かったそうです。持っていったポスターのおかげです。『金の星賞』をとることができました」という読者からの手紙が掲載されていた。
 高級紙にふさわしい手法で部数を増加させ、同紙はその後もチーズ、カニ、貝、クジラ、ハーブ、トマトなどの各種ポスターを付録としている。他紙も古い映画のポスター・シリーズやイギリス王室の系図などで追いかけているが、「ガーディアン」の図鑑シリーズほどしっくりはまったものはない。
 DVDは浮気の原因にしかならなかったが、壁張り図鑑は本気に導けるのか。各家庭の壁にA1サイズのポスターを張るスペースがなくなった頃、この新たなマーケティング・ツールの効果が分かるだろう。

10月17日付「ガーディアン」1面 10月17日付の付録「Herbs」

 

(11月9日)
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