こちら宣伝倶楽部 2006.12/vol.9-No.9

広告の内部効果をたかめる
イラスト 広告には目標や目的がある。だから金をかける。広告主がよいと思うことを多くの人に知らせて、好感度を高めることがまずは基本。ところが広告主にとってよいと思うことが、必ずしも広告を見る人にとってすてきなこととは限らない。ここでまず基本がぐらつく。もう1つは広告の主題になっている「ものを売る」こと。売り上げという成果で広告が目的にそえたかどうかをはかる。ほとんどの広告はここに本意があるはずなのに、なぜかそれをムキ出しにしない。

改めて広告の5ツの確認

 このあたりのことについて、改めて考えなおしたいことがある。次の5ツの確認だ。
(1)広告の目標・目的の確認
 広告が定例行事化してしまうと、この確認がおろそかになる。なぜ広告するのか、そのために必要な方法や手段で優先すべきことはなにかを自己確認しておくこと。上からの指示はこの1点に集中すること。客観の眼を大切に。
(2)広告する相手の確認
 漠然と不特定多数にという広告はない。優先して知らせ、伝えるべき相手は誰かをはっきりしておくこと。これによってメディア設計が変わるし、表現の作法も左右される。社内の根回しで疲れてしまうのは基本確認に問題がある。
(3)広告主題の完成度の確認
 広告のテーマになっていること、多くの場合は商品だが、その出来ばえ、説得力、競争力に力強い優位性があるかどうかには、本来もっとこだわるべきではないか。そのための広告、そのための広告をするという行為の責任である。
(4)広告効果納得の確認
 広告の効果は単純にはわからない。しかしなんらかの自己納得の目安は持っておくべきだ。数字の目安だけでなく、感覚やイメージでの捉え方もある。これをもってよしとする結果、ここを密かにポイントとするなども描いておこう。
(5)広告計画と投入の確認
 どれくらいの予算を投入するか、その保証に決意はあるか、ゆらぎはないか。期間とピークをどこにおくかをきちんときめること。営業力と一体になった計画的な投資を考えることだ。
 これらの確認をしっかりしておかないと、広告で議論すべきことが横道にそれる。広告がひ弱い通年行事になって、広告をすることだけに意義を感じてしまったりする。広告行為の基本を確認することだ。売るという本意にももう少し真正面からぶつかる姿勢があってもよい。

予算との戦いから抜け出す

 テレビというメディアが誕生してから広告は予算のかかる仕事になった。広告が経営計画の立派な一角を占めるようになった。だから広告がおもしろく多彩になり、広告がひとつの文化になって多くの広告人を育ててきた。販促や広報ともからめて、企業内で宣伝部の存在が重視され、企業の発展にコミュニケーション上手が欠かせないという認識につながっていった。
 先の5ツの確認をして、広告に予算がかかることと、広告の効果をどこで納得するかを組みあわせると、次のような新しい見解について内部議論してみる必要が出てくる。まずは広告の効果や成果が、ほとんどの場合量に比例するのではないかということ。量つまり投入する予算に関係する。このあたりに多少の救いを示す可能性はメディア設計を含むクリエイティブの力だ。しかしこれにはめぐり合いも含めた一種の賭けが伴う。社内説得はかなり難しい。宣伝部長のクリエイティブセンスも問われる。
 もうひとつは広告宣伝費を、当該商品だけのための拡売経費と考えるか、それを軸や基盤にして全体の、つまりはブランドに輝きを与えていく刷新のための投資と考えていくかである。前者だと限りがある。後者だと思いこみがありお墨つきがある。これもまた予算の話だ。
 ここで改めて広告の目標や目的について考え直してみる。広告の量的な制限、予算の息つぎのことも考え「広告で売る」という直接の目的はおさえて、広告を引きがねにして「売るための環境をつくる」「条件をととのえる」にシフトし直してみること。そしてその結果、広告をする相手、メッセージを届ける相手を変えてみるという判断、もっとはっきりいえば広告を外むきでなく内むきに考えるということ。広告の相手を使用者、消費者を2番手にして、自社の営業マンや流通にかかわる人たちを1番手にして広告の焦点を変えていくという発想だ。

クリエイティブのあけぼの

 営業支援としての広告、前線部隊をその気にさせていくための広告と割り切ってしまうこと。どうせ息が続かないのなら、どうせ大型の長期予算が望めないのなら、とのかねあいだ。
 数十億円の大型宣伝予算をかけて、社運をかけた単品宣伝にのりだすという社長発言をベースにした広報の力は、いささか下品とは思うが社内をふるいたたせ、商談を有利にすすめ、同業他社にダメージを与える効果があるとしたら言葉は不適切だが、消費者、使用者、一般の市場のことは飛ばして、内部対策、内部刺激にしぼって広告を設営するという考えもできる。
 広告に予算のかかる時代なればこそ、中小規模の場合思いきった発想の転換は必要だ。そのかわりこの策でいくと、社内での説明、理解促進から戦意創造へのコンセンサスづくりに大きなエネルギーが必要になる。そのための別コストもかかるだろうし、マメな宣伝部に生まれ変わる必要もある。自社の広告を真に理解し自信をもち、誇りや自慢に変えていく演出がいる。自社の広告に社員が励まされて積極的な営業活動にうって出るように、広告の位置づけを変えていくわけだ。
 いいことがある。売るという直接の大命題がトーンダウンすると、広告に思いきった表現が可能になる。強烈なインパクト主義が広告の新しい命題になって、その社、そのブランドの広告の顔が一新する可能性がある。喜ぶのはクリエイターだ。結果的に作品としてのよい広告、おもしろい広告ができる可能性はじゅうぶんにあり、その広告が話題になって営業部隊がまた活気づくということもある。広告の目標、目的を変え、広告の相手を変えて表現を変えていくというこの発想、実はすでにとりいれているし結果的にそうなっているがクリエイティブまでまだ及んでいないという企業もある。改めて広告の基本的な5ツの確認をしてみてほしい。そして広告の新しい役割を考えていってほしい。

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