特集 2006.11/vol.9-No.8

クリエイターにとっての新聞広告
読者の想像力を信じた新聞広告へ

 最近のメディア環境や生活者の情報行動・消費行動の変化を肌で感じているのが、コミュニケーションの専門家である広告クリエイターたちかもしれない。第一線で活躍するクリエイターたちは、今、新聞広告をどのような視点からとらえているのか。また、新聞広告はどのようなメディアとして活用されているのか。「新聞広告とは何か」というストレートな問いの投げかけから、その可能性を探った。


 サントリー、全日空、WOWOW、東京ガス、セブンイレブン、CMのCM……、澤本嘉光氏(40)の企画したCMがテレビに流れない日はないだろう。日本を代表するCMプランナー澤本氏は、新聞広告をどう見ているのだろうか。

――CMプランナーの澤本さんが新聞広告をどう考えているか興味があります。
 もちろん、ずっとコピーをやっている人から見た新聞広告と、テレビCMを専門としている人から見た新聞広告という見方の違いはあると思いますが、CMプランナーとコピーライターは名称が違うだけでほとんど同じ仕事ではあるんです。違いがあるとすれば、メッセージを伝えるのに紙を使うか、秒数を使うかの違いだけです。
 広告は目的がはじめにあって、ネーミング訴求が中心だったら耳から入ったほうが早いからCMを多めに打つ、情報をたくさん伝えなければならない場合は紙媒体を中心に使う。広告の目的を達成するための仕事という意味では、やっていることは同じなんですね。実際、いい仕事をしているCMプランナーは文章もうまい。それに以前は、グラフィック広告のコピーやラジオCMからテレビCMへというステップが電通内にもあって、ぼく自身も、そういう道を経てきています。

サイト誘導という広告の目的


ヨリモのトップページ
ヨリモのテレビCM 15秒
「○○よりも」と言葉を変えられるポスター
――テレビCMとの対比で新聞広告を語っていただくとわかりやすいと思うのですが、例えば、ウェブとの連動は新聞でもテレビでも課題になっていますね。
 ぼくが会社に入った15年くらい前は、広告も4媒体中心で、テレビ、新聞、雑誌、ラジオ、それぞれの中でどれだけいい広告を作って完結するかが課題だったんですね。キャンペーンに使う媒体も4つのメディアの掛け合わせを考えればよかったんです。
 ところが、最近はそういう広告の状況が変わってきた。メディアの組み合わせは4媒体だけじゃないだろうという考えが一般化してきています。逆に言うと、増えてきたメディアの掛け合わせをどうするかが課題になってきたということで、ウェブの使い方もその1つだろうと思います。
 例えば、ぼくのやった読売新聞の会員サービス「ヨリモ」の広告キャンペーンもその典型で、「ヨリモ」というウェブサイトが受け皿としてあることが前提になっている。これは10年前は絶対になかった設定で、テレビCMもポスターも、サイトに来てもらうことを目的としたキャンペーンです。
 「ヨリモ」のキャンペーンは、「何々ヨリモ」というコピーがあって、後はウェブへという、すごく簡単なつくりです。広告を見て「ヨリモ」の中身が何かわかるかと言うとわからない。普通だったら、読売新聞がこういうサイトをはじめて、何月何日に運営を開始して、どういうサービスがあり、誰と誰がブログを書いていますと全部言いたくなるんです。でも、それを言うとたぶん、人はサイトには来なくなる。サイト誘導を目的としたものには、そういう説明をしない広告表現が増えてきていると思うのです。

――そういう動きをどう理解したらいいかということですが。
 最近ではよく、「続きはウェブで」というテレビCMがありますが、あれはテレビの映像からウェブの映像へという、すごくわかりやすいつながりがあるわけです。
 でも、新聞広告の場合は、元々文字で説明する媒体という役割が前提としてあったわけで、新聞とウェブの連動というのは、実は、これまでの新聞広告の前提条件とは違う使い方なのです。
 新聞は活字媒体だから、文字をたくさん書いて商品を詳しく紹介したいというクライアントの意向がある。でも、活字が多い新聞広告はなかなか読んでもらえない。それを解決するためには、活字離れをしている人たちにも、新聞広告に興味を持たせるような仕組みを持たせなければいけない。その1つの方向が、サイト誘導を目的とした大胆な紙面の使い方だと思います。
 実は、テレビCMも同じ状況に置かれていて、CMは本当は飛ばしたい、見たくないとみんな思っている。そのCMを見てもらうために、どういうタレントを使い、どういうストーリー、映像が有効なのかと考えるのがCMプランナーです。それと同じような発想が新聞広告にも必要になってきていると思います。

広告の典型を壊す勇気


――ウェブへの誘導が、新聞広告の新しい形を作るきっかけになる?
 今までぼくらが常識としていた「新聞は活字媒体だから読ませなければいけない」「テレビCMで言い切れなかったことを新聞で説明する」ということ自体が典型に類していると思うんですね。典型的な広告というのは、よっぽど頑張らなければ読み飛ばされやすい。
 人々がどういう状況で新聞広告を見るのか考えてみると、1つの記事を読んだ後、次に自分の興味がある記事を探すまでに間がある。そのわずかな間に、気になるコピー、気になるタレント、気になる写真が目に入って、その広告に目が止まる。
 結局、コピーも、グラフィックも、タレントも、1枚の新聞広告に滞留する時間を長くするためのきっかけで、そこにある文字を読んでもらうのがこれまでの新聞広告の目的だった。それがウェブへの誘導をきっかけに、従来の新聞広告の枠が取り払われる可能性が出てきたと思うのです。例えば、ビジュアルだけポーンと出して、「続きはここ」という方法がそこでは有効かもしれない。今は試行錯誤の段階だから、逆にそういう思い切った表現ができると思うのです。
 ただ、それもクライアントの理解にかかっています。写真だけあって、下に小さく商品のホームページが載っているだけの広告は、もったいないという話になりがちなんですね。受け皿が別のところにあればいいんじゃないかという割り切りが、なかなかできないことも事実だと思います。

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