経済を読み解く 2006.10/vol.9-No.7

企業による企業の買収
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[1] 企業による企業買収の活発化

 ライブドアや村上ファンドといった“乗っ取り屋”が舞台を降りてほどなく、今度はメジャーな事業会社による企業買収が相次いで話題になった。紳士服業界ではフタタとの提携をめぐるAOKIとコナカの競合。製紙業界では王子製紙による北越製紙の買収計画。いずれも、業界の有力企業が事業基盤の拡充を狙って同業の中堅企業を取り込もうという動きであるが、とくに王子製紙の買収計画は、日本初の大手事業会社による本格的な敵対的買収案件として、その動向に注目が集まった。
 この案件は、北越製紙が三菱商事の資本参加を仰いだことで不発に終わったが、これからの日本では、これと同様の企業による企業買収の動きが常態化していく可能性が高い。それは、景気が回復しても経済全体の成長ペースに限りがあるなかでは、企業がその成長戦略を考えるうえで、株式の買い占めによる企業買収を選択肢にせざるを得なくなると考えられるからだ。
 日本経済は、1990年代初頭のバブル崩壊以来の不振は脱したが、消費市場が飽和に近づいていることに加えて人口が減少に転じていることから、中長期的にみると、成長ペースがバブル期以前の水準に回復することは考えにくい。そうしたなかで、企業が株主の期待する事業拡大を続けていくには、新しい商品やサービスを開発して需要を開拓したり、海外に市場を求めたりというだけでなく、他社の市場と事業をのみ込むことを考えざるを得なくなるだろう。
 そこでは当然、従来からしばしばみられたような、経営者間の合意に基づく企業合併の手法も活発化するだろう。ただ、合意に基づく企業合併では、実現までに時間がかかるうえに、合併後にも双方のバランスを重視するあまり、事業統合の効果を出しにくいといったデメリットがある。そこで浮かび上がってくるのが、買収する側の企業が一方的かつスピーディーに進めることができる、株式の買い占めによる企業買収ということになるわけだ。

[2] 経済全体にもメリットは大

 企業が成長戦略の一環として他社の買収を選択肢に加えることは、これからの日本経済の変化を考えると、経済全体にとっても望ましい動きといえる。
 企業が他社の買収をせずに事業を成長させるには、資金を投じて機械や工場、店舗といった設備を拡充していくことが必要だ。しかし、経済の成長ペースが鈍いなかで多くの企業が設備を増やしていけば、全体として設備過剰の状態に陥りやすい。そうなると、何らかの形で設備を廃棄するか、稼働率を落とすしかなくなるが、それは全体としてみれば、資金と資源の無駄遣いにほかならない。加えてその過程では、価格競争が激化し、事業を維持できなくなる企業が出てくることも想定される。
 それに対して、資金を他社の買収に投じる形であれば、全体としては余計な設備を増やすことなく、事業を成長させることができる。力の弱い企業も、適当な段階で有力企業に買収されれば、その一部として生産活動を続ける道も拓けてくる。
 さらに、買収に使われた資金は、買収される企業の株式と引き換えに、それを保有していた投資家たちの手に渡ることになる。その資金は、彼らを通じて新しい投資先に向かい、成長の途上にある企業の設備投資や研究開発の原資、あるいは新たに企業を興す創業資金としても活用されることになる。飽和した市場で過剰な設備を作るのに注ぎ込まれてしまうのとは雲泥の差だ。
 今後、経済の成長ペースの鈍化と高齢化の進行によって、企業の投資の原資である人々の貯蓄額は頭打ちになる可能性が高い。投資資金を還流させることにもなる株式の買い占めによる企業買収は、その意味でもメリットが大きいものと考えられる。

[3] 抵抗感は薄れる方向に

 ここまでみてきた企業による企業買収のメリットの多くは、経済がある程度の成長ペースを保っていた時代にはさほど重要な意味を持ってはいなかった。しかし、市場が飽和し経済の成長ペースが鈍化するこれからの時代には、きわめて大きな意味を持ってくる。ここにきて企業による企業買収が試みられはじめたのは、まさに時代の要請といえるだろう。
 ただ現時点では、一方的な企業買収には大きな障害も存在している。それは、日本の企業慣行に馴染まないといった表現が使われることもあるが、要は買収される企業の側の抵抗感がきわめて大きいということだ。単に経営権を渡したくないというだけであれば経営陣のワガママに過ぎないが、そこで働いてきた多くの従業員が困難に直面するという大きな問題がある。
 従来の日本では、学校を出て就職すると、その後は長くその企業で働き、仕事に必要な技能や知識も、企業の内部で実務を通じて習得するスタイルが一般的であった。そのため、勤めていた企業が買収されて仕事のやり方を変えられてしまうと、精神的なストレスになるだけでなく、個人の能力を発揮できなくなるケースも多くなる。
 ただ、そうした状況も、1990年代の不況期に企業のリストラ策が一般化したことで大きく変わりつつある。人々の勤め先に対する依存心は、忠誠心とともに薄れてきているし、若年層を中心に、他の企業でも通用する標準的かつ高度な技能、知識の獲得に向けて動き出す人も増えている。
 今後、企業買収に対する時代の要請が一段と高まることと、人々がそれに適応できる態勢を整えてくることで、日本における企業による企業買収は、次第に定着していく可能性が高い。2006年という年は、その兆しが明確になった年として記憶されることになるのではないだろうか。

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