From Overseas - London 2006.6/vol.9-No.3

夕方のロンドンで起こっていること
 ロンドンの夕刊紙「イブニング・スタンダード」が危機的な状況にある。1990年に509,498部(年平均)あった部数は95年に448,768部、2000年に439,704部となり、2004年には375,244部まで落ち込んだ。15年で25%以上も部数を落としたことになる。
 部数下落の原因は、人々のメディア接触パターンの変化、消費支出パターンの変化、夕方の行動パターンの変化、活字離れなどであろう。そして間もなく、「イブニング・スタンダード」の部数下落に拍車を掛ける出来事が起ころうとしている。
 ことの発端は1999年。英日刊紙「デイリー・メール」などを発行するデイリー・メール・アンド・ゼネラル・トラスト社(以下DMGT)が、無料朝刊紙「メトロ」の発行を始めたことにさかのぼる。
 「メトロ」は毎朝、地下鉄駅構内を中心に配布されるフリーペーパーで、目算では地下鉄車内で新聞を手にしている乗客のうち、10人中6人から7人がこの新聞を読んでいるだろうか。ロンドンで発行が開始され、現在はイギリスのほとんどの主要都市で発行されている。部数はロンドンで50万強、イギリス全体では100万部を超え「デイリー・テレグラフ」や「タイムズ」などの高級紙をしのぐ。
 同紙が成功した原因は、地下鉄駅など通勤通学の要所における配布権を独占したことだ。各駅に配布箱を設置し、駅利用者は新聞を自由に手にする。また、タブロイド判で60ページ強の新聞は20分程度で読み切ることを想定して編集され、ホチキスでとじられていることで、立ったままでも読みやすい。
 しかし、「メトロ」の独占配布に待ったがかかった。他の新聞社の申し立てを受け、英公正取引委員会が排除勧告を通達したためだ。DMGT側は夕刊時間帯の配布権を開放することを承諾し、他社が参入できる状況が作られた。これを受け、ロンドン市交通局は午後の配布権を入札方式で販売することを告知した。
 入札に参加すると見込まれている企業は、公取に申し立てを行ったノーザン&シェル社。同社は「デイリー・エクスプレス」などを発行している。また、「タイムズ」や「サン」を発行するニューズ・インターナショナルと「ガーディアン」も既に参加を表明したと考えられている。ロンドンで発行されている夕刊紙は「イブニング・スタンダード」のみであり、入札に参加するであろう各社は無料の夕刊紙を発行したところで、自社媒体の不利益にはならない。
 ニューズ・インターナショナルにいたっては、地下鉄駅での配布権獲得の成否にかかわらず無料夕刊紙を刊行するとの報道もある。地下鉄駅の入り口付近で新聞を手渡しで配布し、駅構内の新夕刊紙よりも前に乗客の手をふさいでしまうという手法だ。
 「イブニング・スタンダード」の刊行開始は1827年。同紙のウェブサイトによると、一時は14紙あったロンドンの夕刊紙を買収し続け、1980年の「イブニング・ニュース」合併をもってロンドン唯一の夕刊紙となった。夕刊フリーペーパーがどのような形で発行されることになっても、179年の歴史を持つ新聞にとって大打撃となるに違いない。
 さて、この「イブニング・スタンダード」の発行企業は、実は「メトロ」と同じDMGTである。無料紙を発行することで英新聞業界に自ら起こした波紋が、津波となって自分の浜辺へ戻ってきたというところか。

4月19日 イブニング・スタンダード紙
(5月9日)
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