Creativeが生まれる場所 2006.4/vol.9-No.1

トンボ鉛筆 企業の「新しい価値軸」を探し求める
藤井淳志 氏  トンボ鉛筆が、新聞広告中心に初の企業広告を展開した。この新聞広告は、トンボ鉛筆の文房具のドメインである「書く」「消す」「貼(は)る」の3つをテーマに、それぞれ1月から3月にかけて掲載された。広告は読者の反響を呼び、紙面で募集された「文房具への手紙」には多くの応募が寄せられたという。今回の広告の企画意図を、クリエイティブディレクターをつとめた博報堂・藤井淳志氏に聞いてみた。

――トンボ鉛筆が新聞広告を打つのは久しぶりだと思うのですが。
 そうですね、特に企業広告というテーマでは初めてと思います。

――なぜ、トンボ鉛筆が今、企業広告なのか、ですが。

 PCやデジタルツールの発達によって、文房具関係の消費市場は急速に変化しています。そんな中、トンボ鉛筆がファンを獲得・維持していくためにはどうしたらいいか、広告という手段で何ができるだろうか、そういう課題が最初にありました。
 現状分析をしてみると、実はトンボ鉛筆の持つ商品ブランド自体は世の中にかなり浸透しているのです。例えば、「MONO」という消しゴムのブランド認知度は、90%以上あると言われています。しかし、「MONO」がトンボ鉛筆という企業の商品だと知っている人は少ない。ほかにも、「PiT」というスティックタイプののりなど市場優位性のある商品をトンボ鉛筆は持っています。市場優位性を持った商品があるわけですから、商品と企業名を結びつけた販売促進的な広告展開を取ることも可能でした。しかし、トンボ鉛筆の様々な社員の方とお話をさせていただく中で、トンボ鉛筆は未来に対して挑戦しているイメージをもっと伝えなければならない、という課題が浮上してきました。
 トンボ鉛筆は1913年創業で、100年近い歴史を持ち、優れた商品を地道に作り続けている本当にまじめな会社です。こんな不安で根無し草な時代だからこそ、伝統や由緒ある存在を人は信じたいと思っています。老舗であるトンボ鉛筆が、ものづくりをする企業として何に挑戦し、どこへ行こうとしているのか、世の中にどんな価値を提供できるのか、その精神をきちんと語ることは今とても大事なことだ、と考えたのです。

新しい価値軸を見つけ出す

――今回のトンボ鉛筆の広告が語るメインテーマは、何だったのでしょうか。
 文房具のドメインである「書く」「消す」「貼る」という3つをテーマにして、そのそれぞれの行為が「人間の最も人間らしくあるとき、クリエイティブであるときを描き出そう」と考えたものです。今回の企業広告はそれをテーマにしたシリーズです。文房具は、偉大なクリエイティブツールなのだということをもう一度確かめ、これからのトンボ鉛筆はそれを原点にものづくりに取り組むということを伝えることで、社会の期待と好感度を上げていこうと考え、提案をさせていただきました。

――それが「トンボが動いている。人が、何かを生み出している。」というシリーズを通す言葉になったのですか?
 企業が自分でも気付いていない課題を発見すること、言葉にならない思いをどうキャッチするか、がポイントです。オリエンテーションを鵜呑(うの)みにするだけでは答えは出せません。その上で、その企業だけが持つ「新しい価値軸」を見つけ出すこと、それを明快に「言葉」にする。この言葉が一番大切だと個人的には思っています。企画をくくる言葉ではなく、企画を生み出す言葉、つまりはその広告の存在理由を決定付ける言葉は一番大切です。それが初めてアイデアの核になる。そして、その軸にどれだけ人を惹(ひ)き付けられるか、それが「共感」をベースにしたクリエイティブの力だと思います。

新聞独自の価値を生かす

――読売新聞の広告は、「消す]をテーマに朝刊4コマ漫画の作者・植田まさし氏の漫画を素材にしていますね。
 読者に広告表現を届ける「入り口」として、作家の創作活動の中にある試行錯誤の姿、をコンセプトに考えました。植田さんの作品を選んだのは、読売新聞の読者にとってなじみのある絵にすることで、注目度も違ってくると考えたからです。
 「消す」という行為はパソコンのDELETEキーを押すのとは全く違うものです。「消す」という行為は新しい創造を生むために取る行動であり、人間臭い創造的な行為です。ある作家は「消しゴムで書いている」と表現したほどです。ですから、植田さんの創作活動の舞台裏をリアルに描くため、「作品との格闘を終えて消しゴムかすが誇らしげにたたずんでいる」シーンを細部まで再現しました。
 また、掲載日の2月21日は冬季オリンピックでフィギアスケートのショートプログラムのある日(22日未明)でした。漫画のテーマも、そういうことを意識して選んだものです。新聞は日々のニュースを伝える媒体ですから、新聞広告制作の際にはタイミングや社会性も重要です。これからWEBの発達などによって新聞のあり方も変化していくと思いますが、やはり社会性という新聞独自の価値は得難いものであり、広告制作の際には意識的に可能性を探りたいですね。

言葉にならない思いを言葉に

――企業広告の役割を藤井さんはどう考えていますか。
 企業広告には、ユーザーに対してのメッセージ訴求だけではなく、それを通じたミラー効果としてのインナー(社内)への影響もあります。企業広告は、世の中に対する宣言であると同時に、企業から内部の社員たちに対する決意表明や約束という側面もあるわけです。トンボ鉛筆がこれまで作ってきた「文房具」という商品は、人間が一番人間らしくクリエイティブな創作活動をする場で使うものです。これからのトンボ鉛筆のモノづくりはまさにそこを原点にし、そのために新しい文房具の可能性を広げていくのだ、ということを伝えなければなりません。今回の企業広告には、そうしたモノづくりへの姿勢を、内外に対してしっかり意思表明すること、に重きを置きました。

――その企業広告をつくる上で、大事なものは何ですか。
 企業広告は、企業の方としっかり課題を共有してスタートしなければなりません。しかし、実際にはその課題が明確でなく、言葉に落とし込まれていないことも多いのです。そんな状況の中、企業のトップや現場の方にヒアリングをし、企業活動の背後にある「言葉にならない企業の思い」を探り出して言葉にして、広告という形でコミュニケーションの場に乗せていく、それが私たちの仕事だと思っています。今回の仕事は、そのプロセスをトンボ鉛筆の社員の方たちと共同作業で作り上げたものです。トンボ鉛筆という企業の思いを、本当にいろいろな角度から聞かせていただき調べていく中で、言葉を編み出しビジュアルを作り出し、そして世の中に送り出すことができました。そういう意味でも、クリエイターとして非常に幸せな仕事だったと思うのです。

2月21日 朝刊 1月3日 日本経済新聞 朝刊 3月13日 朝日新聞 朝刊
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