特集 2003.9/vol.6-No.6

食卓は語るー食の実態から見えてくる問題ー
<食DRIVE>調査がとらえた現実
 
イラスト 言ってることと
やってることは別

 〈食DRIVE〉調査全体を通して言える最近の主婦の傾向は、アンケートやインタビューに回答する「言ってること(第1ステップ)」と、実際に生活場面で「やってること(第2ステップ)」の乖離が年々大きくなってきており、若い層ほどこの傾向は顕著になっていることだ。こうした「言ってること」と「やってること」の乖離が、〈食DRIVE〉調査という同一調査の中で、この3年間に3倍ぐらいになっている。
 例えば、「栄養バランスを重視しているので、毎日のオカズは肉と魚を交互にして、かつ野菜の多い料理を心がけている」と第1ステップの事前アンケートに答えた主婦(27歳)は、1週間の間に魚はホッケを1回出しただけ、後は肉ばかりで、野菜はほとんどない。第3ステップでその理由を尋ねると「家族が食べないものは作らないから、結局は野菜なども出さない」という回答が返ってくる。また、「味噌まで自家製を作るほどの手作り派」を自称する主婦(38歳)の日常料理は、簡単料理や加工品、出来合い総菜ばかりが続いている。「子どもができてから料理は簡単化することを第一とし」、現在の彼女の手作りは、味噌作りだけになっている。「夫に子どもの前ではお酒を飲まないように言っている」と語る主婦(31歳)は、子連れママ友ランチにビールを持参している。
 これらを見る限り、アンケートの回答は、『現実に今日したこと』『いま持っているもの』など具体的に尋ねたもの以外、ほとんど当てにならないことになる。食にかかわる環境問題や省エネ、健康に関して「日常どう考えているか」という意識調査がよく行われるが、実際の行動とはかなりのブレがあり、マーケティングデータとしては、あまり役に立たないということだ。アンケート調査で得られるものは「聞かれたらそういう答えをする人が何人いるか」ということだけで、「そのような人が何人いるか」ではないと著者は指摘する。

イラスト 正解主義と
「ま、いいか」
〈食DRIVE〉調査では、期間中、すべての食事を写真でも記録してもらう。この日の親子の昼食は、買ってきたおにぎりに菓子パン、ジュース。食器は使わない
(写真提供:アサツーディ・ケイ200X ファミリーデザインルーム)

 この「言ってること」と「やってること」の乖離の理由は何だろうか。
 事前アンケートの回答と実態の矛盾について尋ねられると、「たまたま、このときは時間がなかったから」「この日は特別で」と答える主婦がいる。調査期間の1週間の中で「忙しかった」「具合が悪かった」などで、「いつもはきちんとしているのに、よりによって例外的な1週間だった」と答える主婦が毎回少なくとも3割はいる。
 著者の岩村氏は、「発言の内容から見て、私にはこの主婦たちがうそをついているとは思えない。多分、彼女たちは日常自分がやっていることに対して、そんなに正しくは自覚していないものなのだろう。そして聞かれたら『やってるつもり』のことを答えてしまっているに違いない」と見ている。自覚されていないことはアンケートにも答えられないから、アンケート調査の結果に表れるはずもない。そして、「日ごろどうしているか」「どう思っているか」を尋ねたら、「日ごろどうすべきだと考えておくべきか(答えておくべきか)」という建前を回答されてしまうということだ。
 こうした現代主婦の傾向を、岩村氏は「正解主義」と呼ぶ。人に聞かれたら、実際は自分が本気でそうしているかどうか厳しく問い直さずに、思わず「正解」と思われる答えにマルを付けてしまう。調査に答えた後で「私の答え、合格でした?」と聞いてくる主婦さえいるという。
 その「正解」は自分の確たる価値観ではないために、時間がなかったり、面倒になるとあっさり捨て去られる。「家庭では野菜が不足しがちだが、子どもたちは給食を食べているので、『ま、いいか』と思ったりする」(28歳)、「日曜日の昼食は作るのも面倒くさいので、ハンバーガーショップでも『ま、いいか』と思った」(40歳)など、お決まりの「ま、いいか」で簡単に捨てられてしまう。
 しかし、調査を子細に見ていくと、この「ま、いいか」というのは30代後半以上の主婦に多く、しかも、そう言っている主婦の方が食事内容は充実していることがわかってくる。彼女たちは、まだ、「ま、いいか」と言って自分の気持ちを納めずにはいられない「目標値」を持っている。若い主婦になると、「正解」をさらに軽い気持ちで発言し、寄せ集めの正解でその時々に無自覚に行動する。
 つまり、マーケティングリサーチで「とりあえずアンケートをとってみれば、何かわかるんじゃないか」「アンケートでこう出ているからきっとそうなんじゃないか」という安易な姿勢では物事を判断できなくなってきているというのが著者の見方だ。

イラスト 食を軽視する
時代

 では、食卓の現状はどうなっているか。まず、食全体の考え方から見てみることにしよう。
 「飽食の時代」といわれているが、「食費はできるだけ節約したい」と語る主婦が増えており、「食費はやりくり次第なので、節約してお金は他のことに使いたい」という声が一般的になってきた。30代前半では、8、9割の主婦がそう答える。
 こうして節約したお金の使い道は、第一に家族でディズニーランドに行くことや家族旅行に出かけること、次いで、自分や家族の洋服・靴などの衣料品を買うこと、子どもや自分のおけいこ事・趣味に使うこと、そしてインテリアや住宅費に回したいという話も出てくる。
 家計には、削りたくないものと削っても構わないものがあるが、食費は今や「削っても構わないもの」になってきていると著者はみる。
 家庭の食生活について尋ねると「食べることに関心がないですから」「食べることに興味がないですから」とためらいもなく言う主婦が、最近は珍しくなくなったという。
 主婦たちの「食費節約」の中身を具体的に聞くと、野菜や肉、魚などの生鮮素材をなるべく買わないようにしているのが第一で、節約のためにコンビニおにぎりや菓子パン、カップ麺などの購入を控えるという話はほとんど聞かない。素材をストックしてそれらに手をかけて工夫する「節約」ではなく、1回ずつの食事を安く簡単に済ませる「節約」だ。
 その一方で、食べることやおいしいものが好きで、「食費の節約はあまり考えない」主婦も、その具体的な出費は「外食」や「デパ地下グルメ」という答えが多い。土日に家族と焼き肉や回転寿司に出かけること、友達とランチに出かけること、有名店でおいしい総菜を買ってくることもよく語られる。
 しかし、なぜか「自分で作るもの」は、あまり話に出てこない。「節約を考えていない」といっても、毎日の食事作りのためにお金をかけているわけではない。
 いつの間にか「節約」という言葉は、昔風の堅実な「質素倹約」とは異なる意味となったようだ。現代は、「飽食の時代」などではなく、衣食住遊の中の「食」の相対的下落時代、あるいは、食べることなんかどうでもいいという「食」軽視の時代だと著者は指摘する。
 しかし、こうした考えは、何も主婦だけに限ったことではない。夫も、今度買う自分の靴やコートのために食費節約に協力している。

イラスト 余った時間、できる
範囲の食事作り

 レトルト食品や冷凍食品、宅配サービスの利用、外食などが、家庭で増加している。こうした食の簡便化、外注化の原因として、よく主婦の多忙さが挙げられる。家事・育児に加え、仕事、地域活動、PTA、そして主婦自身の学習活動やサークルへの参加などもあって、今の主婦は、昔の主婦より忙しいとみられているのだ。
 しかし、今の主婦がよく口にする「時間がない」「余裕がない」「忙しい」「疲れていた」という言葉の本当の意味は、そう単純ではない。そういう理由で食事を簡単にしている主婦の話を集めると、次のような実態が浮かび上がってくる。
 「遅くなると作る時間が短くなるので、煮物などはできない」という主婦の遅くなる理由は、調査対象期間の1週間を見る限り、友達とお茶することと子どものおけいこ事の送迎。そのために週の大半の食事が簡単なものになってしまう。「今週は忙しくて食事の支度に時間がかけられなかった」という主婦(38歳)の多忙の理由は、週3回午前中にしていたテニス。「仕事で疲れて夕飯を作るのが面倒になった」と夕食をラーメン屋で食べることにした主婦(28歳)の「仕事」は、午後4時に終わる在宅アルバイト。「子どもを幼稚園に出す準備で忙しく、朝は目玉焼きとサラダを作る余裕もなかった」とアンケートに答えている主婦(31歳)の起床時刻は6時50分で、食事をするのは7時。こうした例が次々と示されている。
 主婦にとって食事作りは、「どうしてもやらなければならないこと」ではなく、ほかの「しなければならないこと」「したいこと」、あるいは「その日の成り行き」の中で、結果として「作れなくても仕方がない」「簡単に済ませてもいい」というものになっている。主婦の多忙さを「女性の高学歴化」や「女性の社会進出」で語る分析は、もはやあまり意味を持たない。
 「今の家族は、ダイレクトにぶつかり合うことを避ける傾向。男の人も、奥さんに無理して料理を作ってもらって夫婦関係に葛藤が生じるよりは、食べに行ったり買ってきたものを食べた方がいいという選択をする。それよりも、いま、ここが『明るく楽しく』『仲良く』過ごせることが大事だし心地よいという感覚。それは親子関係、夫婦関係だけでなく、友達関係にも言えることではないか」と岩村氏は言う。

イラスト 作るかどうかは
私の気分

 ある姿勢や行動が一貫して認められる人を「何々派」と呼ぶ。「手作り派」もその1つだろう。ところが調査から浮かび上がってくるのは、「そんなふうに手をかけるものを作ってみる時もある」「そんな手作り気分になる時もある」というような「手作り派」だ。相対的に見れば、料理に手をかける人とあまりかけない人、食べることに関心がある人とあまりない人がいるのは事実だが、その分類にはあまり意味がない。
 逆に、主婦が食事作りに手をかけるのはどんな時かを調べてみると、家族がそろう休日や人が集まる機会など周りの状況で決まるのではなく、主婦自身の気分・気持ちに左右されることが多い。
 「気が向いたので、朝からマカロニサラダなんか作った」「気持ちに余裕があったので煮物を作った」「料理するぞという気分になったので豚の角煮を作った」「気持ちに余裕があったのでダシをとってきちんと料理を作った」など、主婦の食卓日記には「気分」「気持ち」という言葉が頻出する。
 かつては、主婦が腕をふるってご馳走を作る、手をかけた料理を作るといえば、来客時や子どもの誕生日、クリスマスなど家族イベントの日、あるいは日常でも家族全員がそろった日曜日の夕食などであったが、いまはそのいずれでもない。逆に、そのような特別な日は、家族で外食に出かけるなど主婦が手をかけない日になってきた。
 パンや煮込み料理などを手作りする気分になるのは「雨が降って外に行けない日」とよく言われるそうだ。マーケティング的視点でいえば、「手作り派」「簡便派」を明らかにするよりも、どんなときに主婦は料理に手をかけたくなるのか、どうすれば主婦をその気にさせられるのかが課題といえる。
 〈食DRIVE〉のデータを見ると、年々、そして若い主婦ほど、日常の食事作りを「面白い・面白くない」「好き・嫌い」「やる気になれる・なれない」と、まるで個人的な趣味や娯楽のように語る。女は家族より早く起きて食事を作るもの、朝食は味噌汁とご飯、などという強制や縛りは解けてきたが、食事作りを内面から支える価値観が希薄になって、主婦自身のその時々の「気分」「気持ち」で揺れているのが、現代の家族の食卓の現状だ。しかも、そういう気分に左右されることさえ、「価値観に縛られて生きるのとは違って、自分に素直な自然体の生き方だ」と肯定的に語られている。


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『変わる家族 変わる食卓』を書き終えて
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