特集 2002.4/vol.5-No.1


 ブランディングの重要性が高まる中でプランナーの果たす役割が注目されている。消費者の視点に立って、企業とクリエイティブの橋渡しをするのがプランナーの役割と語るのは、電通クリエーティブ・プランニング・センターのシニアプランニングディレクター牧村達夫氏だ。プランナーはどのような視点から広告をとらえ、新聞というメディアをとらえているのだろうか。
 
コミュニケーションという仕事 ――広告活動の中で、プランナーはどんな役割を果たしているのでしょうか。
 今、ブランド論が盛んですが、ブランドというのはマーケティング領域の話です。それと、ブランドを世の中に伝えていくこととは違います。伝えていく、つまりコミュニケーションの場では、クリエイターはコミュニケーションの課題をいかにして解決するかということに対してさまざまなアイデアをそこにインプットしていく。両者は簡単にはくっつかない。そこをつなぐ人が実は不可欠なんです。
 ところが機能として、今まであまりそれが認識されてこなかった。つまり、クライアントはマーケティングの視点からブランドの課題を整理する。それはクライアントの論理です。そして、それをそのままクリエイティブに渡す。そうすると、広告をつくる側としては「どうしたらいいんだ」ということになる。クライアントの論理を咀嚼した上で、われわれは何をすべきか、何を言うべきかを考える、その間をつなぐ人間が必要になる。
 What to say 何を言うか、 How to say いかに言うかという言葉がありますが、What to say を決める人間がプランナーです。それはコミュニケーション・プランナーと言ってもいいし、最近のはやりで言えばアカウント・プランナーと言ってもいい。

――従来、その部分は企業の宣伝部がかなりノウハウを持っていたのではないのですか。
 宣伝部はクライアントの論理で動いています。企業の課題と、それをどうやってコミュニケーション課題としてとらえ直し解決するかとの間には、やはり溝がある。課題そのものがシンプルなときは宣伝部内でも十分対応できましたが、時代が複雑になったこともありますね。

コミュニケーションの切り口

――何を言うべきかを考えるためには、クライアントのこともかなり知る必要がある?
 クライアント論理をより知るためにはクライアントの中に入れば入るほどわかる。ただ、われわれはクライアント側の人間ではないわけで、どの領域まで立ち入るべきかは実はとてもむずかしい問題です。
 その企業の過去は外からでもわかりますが、未来の収益構造がどうなのかまでは絶対にわからない。クライアントはそれが全部わかった上であるリクエストをぼくらに出すわけです。だから、マーケティングに関しては、クライアントの戦略ありきです。あくまでもわれわれが立ち入る領域は、クライアント側のマーケティング課題からコミュニケーションで解決、ないしは突破できそうな課題を発見すること。そして、それにはどういう糸口、切り口があるのか。その流れの中でのWhat to say を探す。それはコミュニケーションの問題だからわれわれの領域になる。

――コミュニケーションの切り口というのは、どう見つけるのでしょうか。
 マーケティング論として語られているブランドというのは一つの概念です。でも、本当にブランドって何だろうと突き詰めていくと、答えは100万通りある。答えが一つということはあり得ない。ぼくらはその100万通りの答えの中から一つの答えをリコメンド(推薦)する。「論理的に絶対これが正しい」と言われても、そんな世界で生きていないぞというのがぼくの立場です。

人がモノを買う理由

――消費者心理も非常に読みにくい時代だと思うのですが。
 クライアントの論理とコンシューマーの論理も絶対に異なります。コンシューマーの論理は実は非論理なんです。
 ちょっとした感情の揺れで人は動くわけだし、心にもないうそも平気で言う。「欲しい」が「買う」に必ずしも結びつかない。例えば、服はみんなあり余るほど持っているのに、つい衝動買いしますよね。それというのは、脳は論理的に考えているわけではなくて、勝手な論理で自分を納得させるわけです。コンシューマーに論理がないのではなくて、個々に自分の中で論理をつくっている。
 だから、入り口の発見なんだとぼくは言っている。その入り口、ブレイクスルーを発見できれば、そこから「人が動く」シナリオを描くことができます。
 ところが、つい「こんなにいい素材で、しかもこれだけ安くて、色もきれいで」と言いたくなる。それはあくまでもつくった側の論理ですよね。人がモノを買う理由や何かに惹きつけられる理由というのは、実はそういうことではないのです。

――では、人を惹き付けるものは何かということですが。
 ライアル・ワトソンという生物学者が言っていることなのですが、トラとライオンという2種類のよく似た動物がいるが、人間はトラ派なのか、ライオン派なのか。トラ派だと彼は言っている。ライオンは狩りをして餓えを満たすと、目の前を獲物が横切ろうが何の興味も示さないで昼寝をしてしまう。ところがトラは、いくら満腹状態でも獲物が来たらそこに行ってしまう。それをネオフィリアと言うのですが、キラキラ光るものとか、ジャラジャラ音のするものが大好きなんです。
 これは、実によく人の欲求の本質をついている。お金は皆、キラキラしているし、宝石はピカピカしている。宝石がピカピカしていなかったら女の人は眼もくれない。ぼくらがこの仕事をしていく上での人間観というのは、まさにこの通りだと思います。
 人は、仕事が終わったら寝ていればいいのにもっと難しいことをあえてつくりだして、それを乗り越えていくことを喜びとする種族です。だから今、世界中にアメリカのMBA型の人間が増えている。あれは完全なゲームですよね。そのゲームの果てがITバブルの崩壊だった。そこまで行ってしまうのは、すべて人間の本性なのです。
 人の興味や人の目をひくもの、つまり、新しさはわれわれのビジネスでは明らかに価値です。たとえ30年前にあったものでも、この時代において新しければそれは価値なんです。表面的な新しさがあれば、それは新しさとして流通してしまう。本質的な新しさというのは、実は新しさとは見えない。もっと危険なものだったりします。

新聞のニュース性

――そうした新しさとは別に、新聞の特性はニュース性だと思いますが。
牧村達夫氏
 ぼくは、「昨日の新聞を読むやつはいない」とよく言っている。新聞とテレビを比較した場合、やはりニュース性は新聞の方がある。まず、量が違う。テレビは、瞬間のニュース性を追求しているようだけれども、くり返し、くり返し、同じことを角度を変えてやっているに過ぎない。実際、ニュースの量は驚くほど少ない。
 スーザン・ソンタグが、映像というのは基本的に前の画を1枚、1枚、消していく。前の画に次の画を乗せていく構造なんだと言っている。それと新聞のようなグラフィックの1枚の写真とは明らかに違いますね。
 テレビは、日本人にとっては遊び道具だし、ひょっとしたら単なる照明かもしれない。一人暮らしをしている子は家に帰るとすぐテレビをつけると言いますね。だから友達とは言わないけれども、ブラウン管を通じてたくさんの人がいるというある種の安心感、孤独救済装置ですよね。つまり、テレビの中には世間が入っているわけで、日常の商品や情報がつまったコンビニみたいなものです。それと新聞はやはり違うと思いますね。

――ニュース性以外の新聞の特性をどうみていますか。
 個人的には、少なくとも仕事をやっている限り新聞がない生活はあり得ないですね。社内でも「新聞だけ読んでおけば、とりあえずはちゃんと背筋を伸ばして歩いていける」「新聞を読んでいなかったら、ビジネスマンとしてもうアウトだ」と皆に言っている。
 よく新聞は情報の入り口であって、そこからインターネット、ウェブにアクセスしてもっと細かい情報を取るようになると言われますね。そうなるか、ならないか、よくわからない。なぜかと言うと、新聞のページ数は昔に比べるとずいぶん増えましたが、たくさんの情報も、ひとつひとつはコンパクトなわけです。新聞は5分で今世界で何が起きているかのアウトラインが見えるすごい媒体でもあるんですよ。
 その中に広告もニュースとして入っている。つまり、ニュースになっていない新聞広告は広告ではないということです。
 新聞広告は、実は隣のページの片隅に載っている記事の1行の見出しと勝負しているんです。新聞の記事というのは、片隅の小さな記事でも、そこには想像力を刺激する世界があります。膨大な取材の中から新聞社が選んだ記事なわけです。それと比べて新聞広告は大変ぜいたくなスペースです。でも、ニュースがなければ、面積が大きいからといって、人は必ずしも見てくれるわけではないのです。

「知らない」という方法論

――クリエイターの中にはデータは見ない、見るけど信じないという人が多いですね。
 ぼくもマーケティング局にいたのですが、ほとんどデータは信じませんでした。ただし、読んでおもしろいデータはある。それはぼくも長じて少しわかるようになった。データはまったく意味がない、役に立たないかというと、それは当たらない。ただ、データがすべてかというと、そんなことは絶対あり得ない。
 昨日のことはわかるが、今日のことは半分しかわからない。明日のことになるとまったくわからない。データについて、よくそう言われます。それは、調査がそこまで綿密に設計されていないからです。
 また、調査を何に使うかという戦略を持ってやっている調査会社もほとんどない。その戦略さえあれば、百万の答えを一つの答えにしぼりこんでいく過程でとても役立つ。しかし、何が何%でと平たく調べている限り、意味がないとは言わないけれども、コミュニケーション戦略をつくっていく上ではあまり役に立たない。
 これから調査は非常に重要な武器になります。ただそこには、オリジナリティー、クリエイティビティー、アイデアの三つを持った調査が必要だということです。

――データではないとすると、人々の変化は何から読みとるのですか。
 ぼくは「平凡パンチ」「ブルータス」の創刊世代で雑誌は比較的好きだったのですが、四十歳くらいからあまり読まなくなったんですよ。雑誌は調査とまったく同じで、昨日のことはわかるけど、明日のことはわからない。雑誌が単なる情報の入れ物になってきて、これはまずいなと思った。つまり、自分の仕事には、こんなことは知らない方が絶対にいいことだろうと思った。これは直感です。
 というのは、知らないことの方が普通なんだろうということです。普通に生きている人たちは、業界誌は読まない。
 たとえば、ぼくは、今、ブロードバンドに非常に興味がある。だから、あえて勉強しないように、と思っている。つまり、勉強して知ったら物事の本質からどんどんずれてくる。つくり手、送り手のサイドにどんどん行ってしまう。それはつくり手の都合やシナリオに乗るということです。その辺を歩いている普通のごく当たり前の健全に生きているおじさん、おばさん、少年少女たちが、そんなものでブロードバンドに惹かれることはないんですよ。そういうことが好きな一部の人は別ですが。知らないことをいかに自分の力にするか。これもぼくのプランニングの方法論です。知らない方が物事の本質が見えてくる。要は、自分で考えるということです。

――プランナーは街を歩けとよく言いますね。
 ぼくは歩いて何がわかるんだと思う。歩くことを否定しませんが、街を歩けば何かがわかると思う、その心根がいやしい。それは安易ですよ。こんなお店があったという話ではなくて、その中からある空気を感じたり、何かあるなという自分の直感が非常に重要なんです。街を歩けば棒に当たるわけじゃない。

見える効率と見えない効率

――プランナーがやっている仕事とは、結局何なのでしょうか。
 ぼくらがやっていることはコミュニケーションです。アカウンタビリティーということがこの数年言われていますが、マーケティングは見える効率、コミュニケーションは実は見えない効率だと思っています。
 見える効率は予測された数字以上には絶対にならない。つまり、ブレイクすることがない計算された効率です。ところがコミュニケーションは、予測された数字を3倍にも、5倍にも、10倍にもする力を持っています。その代わり、場合によっては10分の1の効率ということもあり得るのがコミュニケーションです。それは見えない効率なんです。
 今や、ブランディングは経営にとって重要な課題になってきました。かつては、歴史と品質がブランドをつくってきたのだと思いますが、ぼくはこの時代におけるブランドとは何か、そのためにコミュニケーションに何ができるだろうか、といつも考えています。
 ブランドというのは非常に抽象度の高い複雑な概念なので、本当のことを言うと、だれも見たことがない。コミュニケーションはそれにカタチをあたえていく仕事なのですから、とてもエキサイティングです。
 それと、言うまでもないのですが、コミュニケーションは人間を相手にしています。ですから何が成功で何が失敗かは、一概には決められない。よく言うのですが、ぼくらは、正解のない世界に住んでいます。一回やってみて駄目だと思ったらほかの手を考えればいいんです。人間関係だってそうやって築いていくものですよ。

牧村達夫氏
1948年東京都生まれ。74年早稲田大学文学部卒。同年電通入社。第1マーケティング・プロモーション局局次長を経て、2001年6月クリエーティブ・ディレクション各局を横断的に支援するために新設されたクリエーティブ・プランニング・センター(CPC)のシニアプランニングディレクターとなる。




メディアとしての可能性
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クリエイティブの力
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