特集 2002.4/vol.5-No.1

新聞広告の力 新聞広告の力
メディアとしての可能性
 広告の力の見直しが始まっている。多くのメディアが登場する中で新聞広告の役割とは何か。広告づくりに携わるクリエイター、プランナーは、新聞というメディア、新聞広告の力をどう評価しているのか。メディア、クリエイティブ、コミュニケーション、三つの視点から探った。

 コピーライターの眞木準氏は、昨年9月の米国同時テロが広告の世界にも大きな影響を与えたと語る。またそれは、これまで見えていなかった新聞の役割を気づかせてくれたと指摘する。新聞広告とテレビコマーシャルの役割の違い、新聞の広告媒体としての強み、ウェブとの関係。広告のつくり手は、いま、新聞広告にどんな可能性を見いだしているのだろうか。
 
 米国同時テロが起きて、21世紀の新聞広告の役割が急に見えてきた気がした。9.11のテロは世界の政治や経済に大きな影響を与えたが、われわれが携わっている広告という仕事にも大きな影響を与えた。
 デジタルメディアは次の時代のメディアとして少し脇に置いて話をすれば、新聞広告とよく対比されるのがテレビコマーシャルだ。これまで、新聞広告との最も大きな違いはテレビコマーシャルのリーチ・アンド・フリークエンシーで、その大きな影響力のベースになっているのは、テレビの速報性だということになっていた。テレビは、あっという間に電波に乗せて情報を伝えていくスピードを持っている。そこが新聞との大きな違いで、新聞広告はテレビコマーシャルに優位を譲っていると言われてきた。
 しかし、広告媒体としてのテレビはかなり融通の利かないメディアだ。テレビコマーシャルは、広告会社が制作して局がオンエアする。ある期間、1週間、3週間、1か月、3か月という単位でキャンペーンをやっている。実は9.11のテロでわかったことは、それを急に変えろといっても変えられないということだった。テレビコマーシャルは大きな金額を使うこともあって、世の中が突然暗い時代になったから急に内容を変えろと言われても対応ができない。
 広告主が事件の対応としてやったことは、これまでも大きな負の事件が起きるとやってきたことだが、コマーシャルのオンエア中止だった。にぎやかなコマーシャルや派手な内容のものは、少し押さえようというものだ。その象徴的なのがエアラインや旅行社のコマーシャルで、そういうものは完全にテレビから消えていった。突然の事態への対応が、中止や休止というかたちでしか、テレビコマーシャルはできなかった。
 ところが、9.11のテロ直後にアメリカの主に金融関係の企業が新聞の全面広告を使って、テロへの怒りや犠牲者への哀悼、これからの決意といったものを詳細に意見広告として掲載した。新聞広告は、基本的にはニュースメディアに載る広告で、日々変えることもできる。新聞広告が実は速報性という力を本来持っていたということに、ぼくも初めて気づいた。
 9.11のテロは、新聞広告の力には従来から言われていた「信頼性」「詳報性」だけでなく、実はもう一つ大きな力として「速報性」があるということを気づかせてくれた事件だった。

広告の基本は明るさ

 ぼくがコピーライターとしてスタートしたのは1970年代の初めで、日本の高度経済成長とともに広告出稿もどんどん増えていた時代だった。80年代には広告がサブカルチャーとしてもてはやされ、ブームになり、おもしろい広告をつくれる環境もあった。そして、20世紀の最後の10年間はバブル不況に苦しんだ。唐突に聞こえるかもしれないが、だからこそ、21世紀が始まって、日本の広告が世界のクリエイティブのトップを走る時代がもう一度やってくるとまじめに思っている。
 こんな暗い時代だからこそ、だれかが明るいことを言わないといけない。それは広告だと思うからだ。新聞を読んでも、だましただまされた、勝った負けたと暗いニュースばかりの時代に、ハッピーなニュースを届けられるのは広告だけだ。
 広告が発信するものに暗いニュースはありえない。「新しい商品ができました」「こんなに楽しいサービスをぜひご利用ください」ということが広告の基本的なメッセージで、広告で「うちの商品を使うと、あなたの人生はどん底になります」という話はありえない。広告の基本は明るさにある。
 新聞には新聞の、テレビにはテレビのよさがもちろんある。しかし、メディア特性からくる違いも明らかにある。
 テレビは一瞬のイメージが誤解を与える場合がある。S宗男さんの不思議な騒動もそうだ。インタビューに出てくるT真紀子さんはいい人で、S宗男さんは悪い人だという構図に一瞬にして色分けしてしまう。テレビはそういう力を持っているし、それだけに誤解も生みやすいメディアだということだ。
 テレビはニュース番組もあるが、どちらかといえばエンターテインメント・メディアだ。新聞はエンターテインメントはほとんどなくて、基本的にはニュースメディアだ。そういうジャーナリズムを主体としたメディアの中に載る広告は、おのずからジャーナリズムの視点を持つ。新聞に載る広告はすべてニュースになりうるということだ。
 そうすると、こういう苦しい時代に企業が自分の真の姿、自社の正しい姿をユーザーに知ってもらいたいと思ったら、新聞広告を選ぶのはもっとも正しい選択ということになる。不況のときこそ新聞広告だと思う。

時間が必要なブランディング

 テレビコマーシャルは企業哲学を伝える場合もあるが、基本的には販促広告、プロモーション広告だ。そこで、新聞広告は企業広告の場だと割り切って考えれば、両者の棲み分けがはっきりする。現状もっとも強い二つのメディアを効率よくバランスよく使うことが理想的だと思うからだ。
 最近、ブランディングが流行のように言われるが、ブランディングには新聞広告がもっとも向いている。そのことが端的にわかるのは、ブランディングアドの代表といわれるプラダ、グッチ、シャネルなどヨーロッパのメゾン系のブランドで、これは新聞広告を多用している。
 それは、ターゲットが新聞を読む読者と重なっているというより、新聞というメディアに価値を見いだしているからだと思う。高額ブランド品を専門店やデパートで買う層は、決して新聞を日常読むと想定されている30代以降の主婦層だけではなくて、若い人もブランドは大好きだからだ。
 ターゲット分析からいけば若者向けの女性誌、雑誌を使った方がいいのに新聞広告が非常に多く使われているのは、ブランディングと新聞広告が密接に結びついていることを、ブランディングに成功した企業が一番よくわかっているからだと思う。しかも、ファッションだけではなくて、メルセデスベンツのダイムラー・クライスラーなど外資系の自動車メーカーもブランディングの成功例と言われているが、これも新聞広告が多い。
 きょう出稿して、あした認知率が90%以上取れることは期待できないし、企業のいいイメージをつくるためには長い時間と多大な労力もかかる。新聞広告なら、毎月全ページを1回ずつ10年かけてブランディングしていくことができる。
 ブランディングには山を一歩一歩登っていくように時間をかけるしかない。広告の出稿をやめて、2、3年すると、一生懸命築いたイメージはほぼゼロに近くなるからだ。

眞木準氏新聞広告の販促効果

 販促広告がテレビで、ブランディング、企業広告が新聞広告だと色分けしたが、例外もある。新聞広告の販促効果として絶大なのがプレミアム(景品)キャンペーンだ。よくテレビで「詳しくは新聞で」とやるが、その“詳しく”は新聞広告にしか書けない。手元に置いて熟読してあて先を写さなければいけないからだ。いま担当しているサントリーの「和イスキー。膳」のキャンペーンでも、新聞広告を使うと大成功する。「特製まんまる氷製氷器」という不思議な景品が当たるキャンペーンで、1回10万通以上のはがきが来る。新聞広告を販促として使うなら景品キャンペーン。これは本当に当たる。

カラー広告とURL

 クリエイティブという立場で新聞広告を見て、最近がらっと変わったと思うのはカラー広告だ。最近の新聞広告、特に全面広告はポスターといっていい。ふだん何気なく新聞を見ている人は普通だと思うかもしれないが、これは大変な印刷技術の進歩だ。記事でもカラー写真をときどき使うが、記事としてカラー写真を載せる価値があるものはなかなかない。そういう意味では、カラー広告は一種の華やかさ、見る人をうきうきさせる力を持っている。
 カラーになると何がいいかというと、物理的にきれいになるということだけでなくて、新聞広告の内容が変わっていく。
 以前は新聞広告の隅に三角形の資料請求券が付いていた。その後、1990年代の初めごろからダイレクトマーケティングがはやって、紙面に0120、フリーダイヤルの番号を必ず入れるようになった。そのころは、クライアントと制作者の間でその電話番号をどこまで大きくするかという戦いもあった。
 それが最近変わった。いまコピーライターが大事な部品として新聞広告に必ず盛り込むのはウェブのURLだ。これが0120に代わって、大変重要な部品になった。新聞のカラー広告の隆盛とほぼ同時期にそういう転換がなされた。
 これはアナログメディアがデジタルメディアとURLを入れてもだれも認知しない。新聞広告は1・5秒ではなくて、気に入った広告なら読者は15秒は目を止めるかもしれない。それが、もし、きれいなカラーの広告だと数倍の認知力を持つ。そうすると、新聞広告が掲載された直後にウェブへのアクセスが非常に増える。よくできた広告ほどその効果が上がる。
 それは、初めに言った速報性と昔から言われていた詳報性を持ったアナログの新聞広告がデジタルとかけ算になることで、まったく新しい“ハイブリッド媒体”に実はなりつつあるということだ。さらにそれは新聞広告のクリエイティブにとってすばらしい効果をもたらす。
 カラー広告とデジタルとの融合という2点が新聞広告を本当にポスターのようにつくることを可能にする。シンプルなメッセージ、キャッチフレーズがあって、読みやすい量のボディーコピーがあって、ウェブのURLが書いてある。広告のクリエイティブでよく言うシンプルネスを実現しやすい環境が整ったということだ。
 広告にシンプルネスがなぜ重要かと言えば、だれもよその会社の書類なんて読みたくないからだ。私は企業や商品の説明が多く入った広告は、“会社の書類”と言っているが、ふだん自分の会社のむずかしい話を書類で理解し、業務を進めなければいけないのに、よその会社の書類を仕事でもないのに読みたくはない。実際、最近の新聞広告の賞の審査に出ると、そういう広告にはうんざりする。
 しかし一方で、折り込みチラシのような新聞広告はだんだん少なくなって、きれいなポスターのような新聞広告が増えている。それは0120がwwwに代わったという、われわれにとっては最もうれしい変化だ。
 2010年を待たずにアッという間にデジタルの時代は来る。そのときにきちんとウェブのお隣さん、あるいは兄弟としてつきあえるのは新聞ではないかと思う。

ワンメッセージへの回帰

 ぼくは新聞広告は「企業芸術」だと言っている。新聞に書いてあるキャッチフレーズは1行の詩と見立てる。そこに入っているクオリティーの高い写真やイラストは1枚の絵で、詩と絵画でできたメディアは芸術だ。
 もちろんテレビコマーシャルも15秒の映画だと言われるけれども、モノを売るという販促を担っている。シンプルな広告をめざす新聞広告の最近の傾向が、企業が世の中に発信する企業芸術の側面を担うことができると思っている。
 その効果は先に話した出稿した直後のウェブのアクセス率を実際に見れば実感できる。それが思ったよりも低いなら、クオリティーさえ上げれば必ずそれは増えていく。
 ヒット広告を生む唯一の秘けつは、ヒット慣れしていることだ。矛盾するようだが、ヒットした経験がない企業というのは、どうやったら広告がヒットするかよくわからない。すばらしい新聞広告をつくるための場を、できれば新聞社が提供してくれるといい。
 20世紀の最後にはやったメディアミックス型のキャンペーンがいま少なくなって、多くのメディアを使ってバラバラなメッセージが発信されている。しかし、あれもいい、これもいい、このメディアではこのことを伝えてとやっているうちに、何も残らないという事態一瞬がやっとわかってきた。ぼくもその失敗を何年もしてきた。
 新聞広告の時代がもう一度来る。ワンメッセージ、ワンビジュアルというメッセージの基本的な伝え方が、もう一度やってくる。それはデジタルの時代とともにやってくるとぼくは思っている。10年経っても忘れないすぐれたキャッチフレーズを、いまのコピーライターが書けるかという問題もあるが、それができれば長期の企業ブランディングにも大きく寄与すると思う。おじいさん、おばあさんの世代でなくても「初恋の味、カルピス」はみんな知っている。

眞木準氏
1948年愛知県に生まれる。71年慶応義塾大学経済学部卒。博報堂入社。ソニー、全日空、キヤノン、サントリーなどの広告制作を担当。83年フリーランスとして独立。眞木準企画室主宰。作品に、全日空「でっかいどお。北海道」、三陽商会「踊れるバーバリー。」、サントリー「和イスキー。膳」など。




クリエイティブの力
副田高行氏→


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