IT企業が気づいた新聞広告の「強み」
[解説]GDPR、ITPの登場で変わるウェブ広告
野村総合研究所 上級コンサルタント 梶原光徳 氏
強まる個人情報保護
ウェブサイトの広告もかつては、新聞広告と同じようにそのページを見るすべての人をターゲットにしていました。技術の進展に伴い、どんな人が見ているのかをある程度特定して出稿するターゲティング広告が生まれました。「枠から人へ」という潮流です。広告の効率が一気に高まったことで、広告単価は上昇し、全体のネット広告費を大きく押し上げました。
精度の高い広告は、消費者の利便性に役立ちます。一方で、個人の属性を見透かしたような内容の広告が出てくるものですから、プライバシーを侵害しているとも受け止められました。広告を主な収益源とする米グーグルや米フェイスブックのような企業の存在感が大きくなったことで、プライバシー保護の規制は緩すぎ、広告ビジネスに有利になりすぎているとの批判が高まりました。
こうした考えを背景に、もともとプライバシーに敏感な欧州で作られたのがEU一般データ保護規則(GDPR)(※1)です。企業に個人情報の収集や利用を厳しく管理するように求め、違反した場合は巨額の制裁金を科すことにしました。
米アップルは、ウェブを閲覧するブラウザーであるSafariにITP(※2)という仕組みを導入し、利用者のデータのひも付けやウェブ上の行動履歴を把握できるCookieを利用した広告を出しにくくしました。利用者のプライバシーを守るためです。利用者保護の姿勢を強調することで、スマートフォン用OSで競合となるグーグルに対抗する狙いもありました。
なお、GDPRにはプライバシー保護だけでなく、欧州として米国を牽制する意図も込められていました。企業などに対してデータの域外移転に厳しい規制を課したり、個人が自らのデータを管理者から他の管理者に移せるデータポータビリティー権を認めたりしたのはそのためで、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)をはじめとする巨大IT企業が持つ情報を分散させ、他の企業に参入チャンスを与えようとしたのです。
ターゲティング広告に打撃
こうした環境の変化でまず打撃を受けたのが、Cookieを活用して高い精度のターゲティング広告を出すとしていたアドテク企業です。高い精度の広告が出せなくなったうえに、広告効果の測定も難しくなり、経営に大きな打撃を受けました。また、GDPR違反による巨額の制裁金を恐れ、多くの企業が情報管理体制を強化しています。手続きが膨大になるため、欧州向けのサイトを別に設けたり、閉鎖したりする企業も現れました。
広告主の間でも、ターゲティング広告の精度が落ちたことで強い不満が生まれています。最大の強みだった効果測定がやりにくくなっただけではありません。海賊版サイトのような不適切なサイトに広告が出ていないかを監視するような技術も使いにくくなりました。
新しい環境に対応した技術も生まれつつありますが、これまでより高い精度を得られることはあまり期待できません。新しい手法が生まれるかもしれませんが、それに対応した新たな規制ができる可能性があります。
高精度のターゲティング広告を出しにくくなったことで、今後、ターゲットが多く含まれる広告枠への出稿が増えていくかもしれません。「枠から人へ」という流れは一部では「人から枠へ」と逆行しているかのようです。
揺らぐウェブ最強論
改めて意識させられるのが、これまでの広告の単価の考え方が正しかったかどうかです。ウェブ広告の効率が高いとされたのは、すでに欲しいと思っていた人に向けた刈り取りのための目的が多かったからという面があります。購入に結びつくことが多いのは当たり前です。マス広告はもっと手前にある段階で、知らせることや興味を持たせることが目的ですから、同じように比べられないのです。
ウェブ広告でも刈り取りだけでなく、将来的な顧客を育てるような内容も志向されるようになっています。YouTube上の動画広告では、テレビと同じような認知や興味喚起を目指すものも増えています。ところが、1人1回広告を表示させるという観点ではテレビCMより単価が高く、必ずしも効率的とは言えなくなっています。
どこまでがGDPRやITPが原因かは分かりませんが、感覚的にはここ2~3年で広告の世界での「ウェブ最強論」は大きく揺らいでいます。何でもウェブでできるというのは一昔前の発想で、他のメディアともうまく組み合わせるべきだという考え方が広がっています。
自前で情報を持つ企業が優位に
広告主もウェブ広告をやめるわけにはいかないが、思うようなターゲティングができず、悩んでいるというのが現状でしょう。
欧州ではGDPRに引き続き、ダイレクトマーケティングやCookie の利用を大きく制限するeプライバシー規則の導入が検討されています。これにより、精度の高いターゲティング広告を出すことはもっと難しくなることが想定されます。
今後優位になるのが、巨大なメディア、特に自らの会員の情報を持っている企業でしょう。自ら持つ情報を基にターゲティング広告を出すことができるため、広告主の要請に応えられるからです。
新聞広告の特徴はしっかり読んでもらえる点です。ウェブでもテレビでも広告の内容を理解してもらうことは課題です。例えば、ウェブ広告と新聞広告を組み合わせることで、認知と刈り取りの間の段階にある興味や関心、意向醸成の役割を担うことができるのではないでしょうか。
(※1)GDPR…General Data Protection Regulationの略。欧州連合(EU)加盟の28か国にノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインを加えた欧州経済領域(EEA)の計31か国で導入された個人情報保護のための法的枠組み。今年5月に適用が始まった。企業などが個人情報を得る際は、本人から同意を得ることを条件とし、取得したデータを厳しく管理することを求めた。データの域外への持ち出しも原則的に禁止した。個人情報の範囲は、「個人の識別につながるあらゆる情報」とされるため、住所やメールアドレスだけでなく、サイト開設者が利用者を区別するために用いるCookieと呼ばれるデータも含んでいる。GDPRに違反した場合、最大で「全世界売上高の4%」か「2000万ユーロ(約25億円)」の高い方という制裁金が科される。EEA に拠点がなくても、域内に住む個人を相手に商品やサービスを提供していれば、GDPRに対応する必要がある。
(※2)ITP…Intelligent Tracking Preventionの略。米アップルがSafariに2017年9月に導入した仕組みで、訪問したサイト以外のサイトが発行するCookie(3rdParty Cookie)によるトラッキング(追跡)を最大24時間に制限した。これにより、ターゲティング広告に大きな影響を与えた。今年9月にはITP2.0として強化され、3rd Party Cookieによるトラッキングはできなくなった。