マーケボン
(2010.4.5/2010年4・5月号 マーケボン)
「ひとりになる」ことの大切さ
「<子ども>のための哲学」(永井均 著/講談社現代新書)
平塚元明
マーケティングプランナー
昔に比べて忙しくなったよな、と同輩たちの皆が口にする。携帯電話や電子メールにはひっきりなしに用件が飛び込んでくるし、ウェブを見始めるとどこまで行っても全くキリがない。
携帯電話もネットも無かった頃に比べて、私たちがアクセスできる(またはアクセスせねばならない)情報量は爆発的に増えている。押し寄せる情報を捌くのに追われている感じ、つまり日々の体感スピードがアップしているのだ。
こうした事態に、情報処理能力のスピードアップで対処しよう、というのは一見理にかなっているように見える。しかし、これはかなり危険な戦略だ。要約、指針、あるいは結論を手っ取り早く得る……つまり、他人のアタマを拝借して時間を節する、という安易に流れる。
セミナーマニア、ビジネス書中毒、検索一点張り、日がな一日ツイッター……等々。そうして他人の見解ばかり追いかけたり、つぎはぎして吹聴している人で、一流になった(あるいは見込みのある)人を、少なくとも私は見たことが無い。
私の役得は、トップクラスの広告クリエイターたちと仕事を共にできることだが、彼らを間近に見ていて感心するのは、自分の腹におちない情報を、絶対に自らの企画の材料にしないことだ。
いくら世の中で話題になっていても、自分にとっての必然性、切実さが伴わない情報には飛びつかない。耳を塞ぐ……ということではなくて、本当に意味ありと自分が思えるまで放っておく、という感じ。
彼らが最も仕事に入り込んだ瞬間に発するのは、極めて強い孤独の気配だ。自分が本当にこの企画をベストだと確信できるか、すみずみまで腹におちているかどうかを静かに自分の直観に問う。大勢がいる打ち合わせの席であっても、スッと「ひとりになる」ことができるのだ。
「<子ども>のための哲学」(永井均 著/講談社現代新書)。哲学入門書というと、古今東西の哲学者の思考を紹介していくのが定型だが、本書は、自分にとっての必然性や切実さが無いまま、哲学者の書いた本を渉猟しても無駄だと主張する。ただひたすらに、「ひとりになる」こと、自分の必然に常に立ち返ること、を説く。
今日の情報環境で最も難しいこと、それはどれだけ多くの情報に効率良く接触できるか……ではなくて、いかに「ひとりになる」か、ということである。そしてそれはかなりシンドイことだ、というのが推薦書を読むとよくわかる。
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリを聴きながら本稿を書いた。極端にレパートリーの少ないピアニストで、自分の腹におちない曲は絶対に弾かない、という人だったような気がする。曲のすみずみまで曖昧さの一切無いドビュッシーを聴くと、強い孤独の気配を感じる。
〔筆者プロフィル〕
1967年生まれ。1989年博報堂入社。マーケティング局〜博報堂電脳体〜インタラクティブ局を経て03年に退社、現在はフリーで活動中。(株)博報堂 DYメディアパートナーズメディア環境研究所客員研究員、(株)パズル社外取締役、(株)ants顧問、「宣伝会議」講師、デジタルコンサルティングパートナーズ参画。著書に「図解でわかるインターネットマーケティング」(共著)など。http://omiyage.no-blog.jp/

