進化心理学的なアプローチ
――進化心理学的なアプローチも、消費者行動研究で行われていると聞いていますが。
進化心理学は80年代に心理学の一分野として登場しています。人の進化は最近は遺伝子レベルでいろいろ研究されていますが、人の体だけではなくて心も進化の産物だというのが、進化心理学の基本的な考えです。ダーウィンの進化論に基礎を置いて、人間の心理も自然淘汰・性淘汰を通じて進化したと仮定しているんですね。人類の生存と子孫を残す機会を増大させる行動が、人間の心理の一部も形作ってきたということです。
700万年前から1000万年前、初期の人類は川や湖や湿地がある森林とサバンナの移行帯で生活していたと言われているのですが、豹やワシに捕食される弱い存在だったらしいのです。それらからどう身を守るかが人類の課題だったんですね。そこで、人類は集団活動するようになった。集団の方が、身を守るためにも、狩りをするにも有利だからです。そこから、「人間の心は集団活動に適応するように進化してきた」という進化心理学の重要な仮説が出てきます。
これから派生した典型的な心理的メカニズムが「裏切り」です。マフィアや暴力団などの組織もそうですが、どんな社会でも裏切りは一番してはいけないことと言われています。では、なぜ我々は裏切りを悪いことと思い込むようになったかというと、集団的な暮らしをする上で裏切りは不利になるからです。
もう一つは、裏切りの逆で「互恵性」です。人間には、お互い助け合うことをいいことだと思う傾向があります。これは、利他的行動を取った方が結局は集団にとって得になるからなんですね。
――そういう進化心理学の知見は、消費者行動研究にどう生かされているのでしょうか。
仮説作りに役に立つということです。例えば、人には「他者と結びつきたい」「孤独は嫌だ」という心理があります。消費は、こうした要求を達成するための手段として使われることもある。そこから「社会的に疎外された人は、そうでない人よりも他者との結びつきを高めるような消費を行う」という仮説が出てきます。
これは実際に実験が行われていて、その結果、社会的に疎外された人ほど集団への忠誠心を示すシンボル的な商品を買いたいと思ったり、実用的な商品よりも自己顕示的な商品を買いたいと考える人が多かったのです。今までは、「顕示的消費」と「人と結びつきたい」という心理を結び付ける仮説はありませんでしたが、進化心理学によって、そういう発想が出てきたということです。
――それが進化によって作られてきた人の心理だと、どうやって実証するのですか。
消費者行動の学会でも、進化心理学に対して同じような疑問や批判があります。何百万年も前の人類を見た人はいないわけですから、人間行動の説明を人類の過去の進化経路に沿って実証的に示すことは困難です。しかし、これまでになかった仮説を生み出すことによって、進化心理学は新しい研究領域開拓の役割を果たしていると思います。
コンシューマーカルチャー
――ニューロサイエンスも進化心理学も、人間の根源的な行動原理を探っていこうという動きに思えますが。
「コンシューマーカルチャー」もそうですね。これは、解釈学的研究の一つの流れなのですが、消費文化的アプローチをより積極的に推し進めて、我々の生活の中にある生活様式や価値観の本質を探っていこうという研究分野です。
例えば、シンプルさを尊ぶ消費スタイルや考え方がありますね。無印良品がいい例ですが、ではこうした考えはどうして生まれたのかということです。「シンプル」は今は一つの消費スタイルになっていますが、その元を探っていくと、50年代から60年代に生まれた反消費的なライフスタイルに行き着くらしいんですね。当時のミニマリズム(最小限主義)やエコ消費という考えから出ているのですが、そういうように今我々が持っているシンプルライフという考え方の源流を明らかにするというのがコンシューマーカルチャーの研究の一つのやり方ですね。
ネットとコ・クリエーション
――最近の消費行動の研究としてインターネットに関連したものが、これまでのお話には出てこなかったと思うのですが。
ネットが最近は一般的になってきたせいか、消費者研究としては大きな動きは出ていませんね。10年前は盛んに議論されていましたが、社会科学には常識と違うことを発見しないと科学的な発見とは言えない、というところがあるからだと思います。
そういう中で、インターネットやゲームの世界に関連した最近の研究をあげるなら、「コ・クリエーション (Co-Creation/価値共創)」という考え方が、4、5年前から出てきています。
例えば、不特定多数の人々が参加してソフトウエアを作っていく「クラウドソーシング」や「オープンソース」はまさにそうです。ネット上で協同していろいろなソフトウエアが今は作られています。SNSなどのネットのコミュニティーやゲームの世界でも、消費者同士が結びつくのは当たり前になっています。特定ブランドやゲームのコミュニティーは、それこそネット上に無数にありますね。そういうところで、どういうことが行われているのかを見ていこうというのがコ・クリエーションです。
ニューロサイエンスや進化心理学は消費行動のアプローチに新しい考え方が出てきたということですが、コ・クリエーションは、研究対象が今までとは違うところに特色があります。今まで消費者と商品を作る側は別々の研究対象とされていたのですが、コ・クリエーションは、消費者同士、あるいはマーケターと消費者とがどう結びついて、どんな消費の現象を作っているかを研究対象にしているんですね。
顧客の経験を軸にビジネスを再構築していこうという「経験マーケティング」も、コ・クリエーションの研究と共通する問題意識があるかもしれません。モノやサービスで差別化しにくい成熟市場で、気まぐれな消費者の心をいかにつかむか。それには、企業が一方的に価値を消費者に提供するというこれまでの考え方ではなく、顧客と共に価値ある経験を創り出すという考え方が重要になってきます。そういう顧客にとって価値の高い経験環境を、顧客のネットワークと企業のネットワークの双方を活用して作り上げていこうというのが、「経験マーケティング」です。
インターネットの世の中になって、コ・クリエーション戦略は、当たり前になっているところがありますね。
欲望を新しい角度でとらえ直す
――コ・クリエーションは少し違うかもしれませんが、行動経済学やニューロサイエンス、進化心理学、コンシューマーカルチャーに共通しているのは、欲求や欲望の見直しのような気がするのですが。
人の欲望や欲求の問題は、マーケティングの一番根源的な問題でありながら、これまで突き詰めては考えられてこなかったと思いますね。マーケティングの本には、ニーズとウォンツとディマンドがどう違うかは出てきますが、それ以上の説明は出てきません。最近の消費者行動研究の一つの特徴は、人々がモノを欲しがる根源的な理由は何なのか、というところに焦点が当たっていることです。我々の欲望には源泉がある。それが、最近になって実験装置の発達や消費者に対する研究が進んで理解できるようになってきたということだと思います。
確かに、脳の仕組み、進化論、カルチャー的アプローチと、一つの現象でもいろいろな説明が出てきます。しかし、これまでの伝統的な心理学だけをベースにした消費者行動論とはかなり違った芽が出てきていることは確かで、マーケティングや広告に携わる人たちも注目していい動きだと思いますね。
Tanaka Hiroshi
1951年愛知県生まれ。慶應義塾大学大学院商学研究科後期博士課程修了。電通マーケティング局マーケティング・ディレクター、法政大学経営学部教授を経て、08年度4月から中央大学大学院戦略経営研究科教授。日本におけるブランドマーケティングの権威の一人。著書に、『現代広告論 新版 』(共著、有斐閣アルマ)、『欲望解剖』 (茂木 健一郎、田中 洋、 電通ニューロマーケティング研究会)など。
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