特集 2003.2/vol.5-No.11

 
レレバントな広告

 田中 CI広告を新聞広告の特徴であるメッセージ広告という視点からとらえ直してみたいと思うのですが、15年ぐらい前に『アメリカの心』(学生社)という本を何人かで翻訳しました。それは何かというと、ユナイテッド・テクノロジーというアメリカの会社が、人々を励ますようなメッセージを新聞広告に出した話です。それは、広告らしい広告ではなくて、むしろ、たとえばリンカーンは何回も選挙に落ちて、パッとしない人だったけれども、最後にがんばって大統領になったというような非常に感動的なメッセージなんです。
 日本のメッセージ広告も、もう少し成熟すると人々に本当に影響力を与えられるようになると思うのです。今は「私はこういう者です」と自分のことを言っているだけですが、もう少し人々と関係した形に発展していくのではないかと思っています。
 英語にレレバント(relevant)という言葉があります。うまく日本語になりにくい言葉ですが、「このことは私に関係している」という意味です。昔、ワンダーマンという有名なダイレクト・マーケティングの会社を興した人がいて、彼が経営学で有名なピーター・ドラッカーに会ったときに、「いい広告とは何ですか」とずばり聞いたというんです。ドラッカーはすかさず「この広告は私のことを言っているなと感じる広告が最高の広告だ」と言ったんですね。それは、非常に言い得て妙だなと私は思っています。

 眞木 自分に関係している情報の中で最も強力なのは、今の話の文脈の中にも出ていたのですが、やはり人間に関するものですね。人間を語るということが、読者が自分に最も関係があると思う方法の一つではないかと思います。
 長い間、新聞広告をつくっていて思うのは、ビジュアルで一番強いのは人のポートレートだということです。顔のアップの写真だけではなくて、何かその人の人間性が出るようなバストショットでも、ロングショットでもいいのですが、人間を撮った写真が最も人々の関心を引きます。人間について語る広告が最も関与度が高い。それがレレバントな広告になるのではないかと思います。
 ノーベル賞を受賞した島津製作所の田中耕一さんは会社に大きく貢献しましたが、そういう意味では各社がスター社員を育てるのがいい。ノーベル賞をとるようなスターを育てることはなかなかむずかしいですが、何かで優秀な社員はいるわけで、そういう人をやはり一種の広告塔にすることが、うちの企業は何者であるかを証明するための近道だという気がします。

 田中 もう一つあると思うのは、いわゆるスポークスパーソンを雇う方法です。たとえば、ファイザー製薬のペレが出てくる治験広告。
 この広告でペレはEDについて語っているわけですが、単に彼が有名人だからではなく、ペレという人の人間性をわれわれは知っているから、EDという聞き慣れない言葉に耳を傾けようとするわけです。日本の企業は、広告でとにかく有名タレントを使う傾向が強いと言われていますが、やはりどういう人にスポークスパーソンになってもらうかは、よくよく考えないといけない。

 眞木 テレビコマーシャルでは、まずタレントありきで企画が先行することがよくありますしね。それでも、最近はテレビコマーシャルも、なぜこのタレントかを考えるような企画の掘り下げがなされるようにはなってきました。ただ、売れっ子のタレントですと十数社の会社と契約するという現状がありますから、なかなかこの人をと思っても使えないケースがあります。
 現実的に言えば、新聞広告はもともと制作予算も少ないわけで、特性から考えても豪華なタレントを使う必要もない。それなら、厳しいタレントマーケットから離れて、キャラクターを使うにしても、それが商品や伝える情報に密接に結びついた人を起用する。そういう姿勢が必要だと思います。

シニアというターゲット

 眞木 先ほどフェアレディZが再登場した話が出ましたが、なかなか日本の経済が立ち直らない、構造改革が思わしくいかないといういらだちが募っている中で、ゴーン氏という一人のカリスマの経営手法によって、日産がその不況を脱出した。サクセスストーリーの見本のように語られている。しかも、そのサクセスストーリーは、売り上げや利益といった数字で語られたわけです。しかし、一般の人々に最もわかりやすいのは、そういう数字ではなくて、このフェアレディZという日産自動車が持っていたかつてのドリームですね。それを具体的に再生させたことが大きかったのではないかと思います。

 田中 広告自体も非常にインパクトのある表現でしたね。予約しないと買えない状況になっている。

 眞木 フェアレディZは、ツーシーターのスポーツカーですから、本来なら若年層に向けて訴求する車ですが、彼らがそう簡単に買える車ではない。知り合いが実はこの間買ったのですが、50代後半の人です。家族の猛反対を押し切って買ったと言っていましたが、そういう熟年世代が購入する商品に新聞広告はかなり効果があると思います。

 田中 私の家の近所でもフェアレディZが車庫に入っていましたが、その家の人も60代です。おっしゃるように、シニア・マーケティングは急速に企業の重要課題になっています。そういう意味でも、新聞広告が本当に効く時代になってきていると実感しますね。

 眞木 その理由は、セカンドデビューと言われるこの年代の人たちが新聞を熱心に読んでいる読者だということもあります。今後は、そういう人たちに向けた商品開発や広告、マーケティング戦略が非常に重要になる。
 少し前、シリコンバレーの取材で、さまざまなアメリカのITの巨人と言われるCEOにたくさん会った時期があったのですが、その中の大変有名なスター経営者の一人が、自分が今最も欲しいのはホンダのS2000だと言っていました。今はフェラーリに乗っているけれども、そのフェラーリを捨てて、今度はS2000を買いたいと言うんですね。彼もおじさんだった(笑)。やはり、おじさんの夢というのは、苦労をした青年時代につくられる。そのころ手に入れられなかったものを手に入れることが、一種の若返りになるという効果もある。青春をもう一度と。
 コエンザイムQ10というサプリメントがヒットしているそうですけれども、これはヨーロッパでは長い間、若返りの秘薬といわれるものだったそうなんですね。だから、新聞広告に登場するにふさわしい商品というのは、精神的に一種若返る効果をもたらす不老不死の薬ではないかと思うんですね(笑)。

 田中 小学館のサライという雑誌も中高年に強い支持を得ていますね。サライの編集方針は、年を取っていることに価値を見いだそうということです。決して若いことがいいことだとは考えない。だからスポーツにしても、ゴルフのような競争するスポーツは記事の中では取り上げない。年を取ることはいいことなんだという価値観を雑誌全体にみなぎらせている。特集にも手間暇かけていて、おかゆの特集を1年かけてつくるというようなことをしている。
 それと同じように、新聞がシニアのためだけの媒体だと言いたいわけではなくて、今まではどちらかというと、新聞は記事も広告も若い人にすり寄らなければいけないという姿勢がどこかあったと思うのです。しかし、今は本当にシニアの人たちにターゲティングした広告活動を真剣に考えなければいけない時期が来ています。
 実のことをいうと、それはターゲットマーケティングという古典的な考え方の復活というよりは、それが日本で初めて必要とされているということだと思います。これまでの企業は、ターゲティングを実はそれほど真剣にやって来なかった。それを真剣にやっている企業が成功しているというのが、いろいろな企業を観察した結果です。

 眞木 20世紀に使い古されたターゲット論がもう一度復活する兆しは新聞広告にもありますね。マクドナルドや吉野家といった今まで若者をターゲットにしていた企業が、新聞広告を使い出した。それも、ある意味でターゲットというものを創造的に、クリエイティブにとらえている。低価格商品は若者でいいという単純な図式ではなくて、不況でお父さんも小遣いがない。昼飯にうちのおいしいプロダクトを利用してもらおうというクリエイティブな発想です。ターゲットが変更されれば、メディアが変更される。それは新しいターゲット論の復活にもなる。


「私点」のある広告

 田中 アメリカは日本に比べ、従来からターゲットマーケティングがはるかに発達していたわけですが、セグメント化されたメディアを使うかというとそうではない。マーケットを分けるということは、別に性、年齢だけではなくて、いわばクリエイティブのテイストでしか分けられないような群がいるわけです。そこにどうやって企業のメッセージを到達させるかというと、これはマスメディアを使うしか方法がない。もちろん遠い将来に、インターネットがさらに発達すれば状況は変わるかもしれませんが、今のところはマスメディアでしか到達できない。
 たとえば、宝島の広告。非常に不思議なテイストがある。「国会議事堂は、解体。」ですとか、正月に出た「ことし、子供をつくろう。」とか。これを見ていると、この広告を出している企業は何を考えて、何を期待して広告を出しているのかと思うのですが、これはやはり宝島のこういうテイストに引かれる人がターゲットだと思うのですね。

 眞木 そうですね。今年の宝島の正月広告も期待をしていました。ぼくは、今、出稿されている新聞広告の中で宝島の広告は最も良質なものだと思っています。こういう新聞広告をあらゆる企業は目指してほしいという思いがあります。
 宝島は出版社ですから本という商品はあるわけですが、商品ではなく企業のシテンというものを具体的な表現にしている。ここでいうシテンは「視点」ではなくて、私の点という非常にプライベートな点、「私点」です。私点を切り口にしているんですね。この広告をプランニングするクリエイターのキャラクターが想像できるような、かなり個人的な発想が広告になっている。それを良しとする、あるいは一緒にプランニングをした企業の私点として提起されている。その個人的なメッセージに読者は共感する。新聞広告というよりは、広告の原点のようなもので、去年の新聞広告の中でも最もすぐれたものだと思いますね。

 田中 それで宝島のような広告はいったい何の役に立つのかいろいろ考えてみたんですね。普通、出版社は本のタイトルを出して、それを買ってくださいという広告を出す。それはそれで非常に有効なのですが、宝島の広告はそうではない。考えてみると、宝島の発行する雑誌や本には、確かにおっしゃるような私点が入っている。他の出版社とは少し違うテイストがあります。要するに、こういうテイストの広告を見せることによって、宝島の出版物を読むときは、こういう私点で読みなさいということをあらかじめ教えているのではないかと思いますね。

 眞木 それは先ほどの切り口で言えば、想起効果というものと、ゲートウェイ効果がミックスジュースになっているような感じではないでしょうか。

 田中 イメージ広告という言い方が昔からありますが、それは商品や企業をいいイメージでとらえてくれと言ってるだけではないと思うのです。人間はいつも何か情報といっしょに、その商品に接しているわけです。だからある情報を伴って商品に接している状態をつくり出すことは、広告の重要な役割だと思うのです。
 いい例は、中国のお茶です。たとえば、山の中腹の泉がわいているところに一本だけ生えているお茶の木から採ってきた。そういう話を知って味わうということですね。これはイメージというよりは、情報を付加させて、それでその商品を使ったり、味わう。人間はそういう動物ですよね。宝島の広告は、私たちの出版物に接するときはこういう広告を頭に置いて読んでくださいということを暗に言っているのではないかと思いますね。

 眞木 宝島は中国茶クリエイティブだと。

 田中 中国のほかの食べ物もそうです。たとえば、ツバメの巣は崖に生えていて大変な苦労をして取ってきた食べ物なんだよ、という情報ストーリーが提示される。

 眞木 ストーリーを全部持っていますね。

 田中 それがこの皿の料理です、と言われたら食べる方はとてもありがたいと思う。

 眞木 乞食鳥という料理にも、長い長い話がありますね。泥棒があるお金持ちの屋敷に入って盗んだニワトリを土の中に隠すために埋めておいたら、大変おいしいものになったみたいな話があったりする。商品が持っているストーリーを新たにつくっていくのはおもしろい仕事ですね。
 その中国茶クリエイティブが効く場所として、新聞広告というステージがあるということだと思います。
 話が先ほど復活した新ターゲット論に戻るのですが、若年層だけの商品だと思っていたものが、中年以降の人にも効くという視点を持ったときに、新聞広告が新たな力を発揮するという話をしましたが、“若中”ターゲットというものがあり得るのではないかと思っています。ニワトリをよく描いていた画家に伊藤若沖という大変好きな日本画家がいるのですが、それと同じ読みのジャクチュウです。新聞広告は、このターゲットでないと効かないのではなく、若年層も、中年層も、両方兼ねることができる。中国茶クリエイティブという大変新しいというか、普遍的な表現のアプローチによって、両方に受ける広告をつくることが可能です。宝島の広告は、若い人もおもしろがるし、ぼくらおじさんでもおもしろいと思う。ある意味で広告の普遍性を実現している表現です。

 田中 そうですね。だから、性、年齢で考えるターゲティングではなくてテイストで分けるとか、あるいは商品の使い方でセグメンテーションする。たとえば、NTTドコモがシニア用に文字の大きな携帯電話を出しましたが、結果的に若い人に使われている。文字が大きいことを喜ぶ人は、年齢に関係ないということです。文字が大きいことを喜ぶ人がいれば、そういう人たちに向けた広告にすればいいわけです。何もそれをシニア用とか、ヤング用とか考えずに、やはりマスコミュニケーションでやればいい広告だと思うのです。

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